ヒップホップ世代が現在の視点からソウル・ミュージックを再生する。そんな試みは、クェストラヴエイドリアン・ヤングラファエル・サディークメイヤー・ホーソーンら枚挙に暇がないアーティストたちによって素晴らしい成果を生んできた。そんな彼らの傑作群に名を連ねるであろうデビュー・アルバム『The Jack Moves』を生んだデュオが、白人シンガーのズィー・デスモンデスと黒人プロデューサーのテディ・パウエルからなるユニット、ジャック・ムーヴスだ。日本では〈甘茶ソウル〉とも形容される70年代のスウィート・ソウルに深くフォーカスし、徹底して再現した〈甘く、せつなく、やるせない〉世界観は、あのメイヤー・ホーソーンを超えていると言っても過言ではないだろう。

THE JACK MOVES The Jack Moves Wax Poetics/BEAT(2016)

 「父がイヴェント・プロモーターをやっていたから、子供の頃からニューアークでいろいろなアーティストのライヴを観ていたんだ。フォー・トップステンプテーションズブルー・マジックとか。その時はよくわかってなかったけど、子どもの時からそういった音楽を聴いていたんだ。トラックを作るようになって、ヒップホップの元ネタを調べていくうちにちゃんとソウルを聴くようになった」(テディ)。

 こう語るように、ヒップホップ経由でソウルに再会した彼ら。結成の理由も、スケートパークで知り合った際にヒップホップやソウルの好みが近いことで意気投合したからだという。注目されるきっかけとなったのも、マッドリブ曲のネタとして知られたソウル・バラードのカヴァーだった。

 「そもそも二人とも作曲をしたことがなかったから、最初はカヴァーばかりしていたんだ。そのなかでレジェンズ“A Fool For You”のカヴァーは結構良い感じに出来たと思ったからリリースすることにしたんだ」(ズィー)。

 NYCやジャージーシティのレコード店を自転車で回って置いてもらったという同曲の7インチが評判を呼び、ワックス・ポエティクスからのデビューを果たすことになったのだ。

 ニュージャージー州を拠点とする彼らだが、彼の地はモーメンツホワットノウツをはじめとする〈甘茶ソウル〉の宝庫でもある。そんな名グループたちを送り出した伝説的人物のジョージ・カーが、甘美極まりないスロウ“Spend My Life”(日本盤にのみボーナス収録)にコーラスで参加しているのも大きなトピックだろう。

 「彼はリンダ・ジョーンズオージェイズ、モーメンツなんかとやっていたシンガー/ソングライター/プロデューサーだ。スカル・スナップスの“It's A New Day”をプロデュースした人でもあるんだ」(ズィー)。

 そんな地元の大先輩の参加は、伝統の橋渡しという意味もあるのだろうか。そういった地元への目線だけでなく、スウィート・ソウルをこよなく愛する西海岸のチカーノ文化もリスペクトしているようで、悶絶もののファルセットと夢見心地なメロウネスが溶け合う“Joyride”のMVはチカーノのカップルがローライダーでドライヴする映像だ。

 「〈ドライヴ〉をテーマにしようと決めた瞬間から、海岸沿いのハイウェイとかのイメージばっかりが思い浮かんでいたね。だから曲が完成した時、もうこれはもうカリフォルニアに行ってローライダーの人たちとビデオを作るしかないって思ったね」(ズィー)。

 ヒップホップのフィルターを通してソウルを発見し、地元の伝統を受け継ぎつつ、その嗜好に呼応するヴァイブも他の地から採り入れる。いかにもイマドキで柔軟なスタンスの彼らが生み出すサウンドが、どこを聴いても往時の華麗で狂おしいスウィート・ソウルそのものを、頑ななまでに再現しているのはおもしろい。いずれにせよ、二人の強いソウル愛が甘い湿り気を帯びて薫るような本作は、どんな世代のソウル・ファンの心も蕩けさせるはずだ。

 


ジャック・ムーヴス
テディ・パウエル(プロデュース/ドラムス)とズィー・デスモンデス(ヴォーカル)から成るユニット。スケートパークで出会った両者がオールド・ソウルやヒップホップなど共通の趣味をきっかけに意気投合して、楽曲制作を開始。2010年に初の7インチ・シングル『Kiss In The Dark/A Fool For You』をフルタイムからリリース。テディがU・ゴッドGユニットにトラックを提供するなど個々の活動も展開しながら、2015年にワックス・ポエティックスと契約。シングル“Doublin' Down”が高い評価を得て注目を集める。同10月にファースト・アルバム『The Jack Moves』(Wax Poetics/BEAT)を発表し、2016年1月16日にその日本盤がリリースされる予定。