上質なカシミアを思わせる、珠玉のスタンダード集

 そのシーズンを象徴するようなアイテムは、ワンシーズン着倒して、その後まったく袖を通さないということも少なくない。一方で、時代性を加味しながらもオーソドックスな佇まいを持つ服は、気がつけばずっと着続けていたりする。いきなりファッションの話で恐縮だが、ステイシー・ケントの最新作『テンダリー』は、まさしく時代性のあるオーソドックスな服のように、ずっと傍に置いておきたいアルバムなのだ。

STACEY KENT Tenderly Okeh/ソニー(2015)

 ボサノヴァの黎明期から活躍し、ジョアン・ジルベルトらが歌った《小舟》の作者としても知られる作曲家/ギタリスト、ロベルト・メネスカルをフィーチャーした本作だが、これは降ってわいた話ではなく、前作『チェンジング・ライツ』制作時から温めていたものだという。「ロベルト・メネスカルとは世代も文化もずいぶん違うのに、深いところで共通するものがあると思います。今回、1950年代頃の『グレート・アメリカン・ソング・ブック』と称される名曲を取り上げたのも、彼から『こういう音楽が好きだから、ぜひ君と一緒に演ってみたい』というリクエストがあったからなんです。そのときはアルバムを作ろうという話でもなかったんですが、大きなきっかけになりました」と、ステイシー・ケントは明るい発声で語ってくれた。それを受けて、傍に座っていたプロデューサーであり、夫でもあるジム・トムリンソンはこう付け加える。「前作は彼女のプリズムを通して見たブラジリアン・ミュージックだったのに対し、今作はロベルト・メネスカルというブラジル人が解釈した往年のアメリカン・ジャズであって、いわば対を成しているような作品なのです」。なるほど、ロベルトが爪弾くエレクトリック・ギターのフレーズは、ジャズ的でありながらもブラジリアン・フィーリングがあって実に心地よい響きを生み出している。

 子供の頃に聴いていたジョニ・ミッチェルクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングといったアメリカン・フォーク・ミュージック、ウィリー・ネルソンなどのカントリー、そしてもちろんスタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトからも影響を受けたというステイシー・ケント。ミニマルな編成で心情を歌に込める彼、彼女たちの音楽は、そのまま『テンダリー』のアプローチにも通底しており、アルバムから親密な空気を立ち上らせている。誇張なくまっすぐに届くステイシー・ケントのチャーミングな歌声と、しなやかでありながら艶っぽいロベルト・メネスカルのギターが織りなす珠玉のスタンダード集は、未来のスタンダード足り得るタイムレスな上質さがあって、カシミアのニットのように、聴く者を包んでくれるのである。