ツィクルスを目前に、バレンボイム壮年期の意欲的なブルックナー解釈を聴く

 2016年1~2月、ダニエル・バレンボイム(1942年~)が手兵シュターツカペレ・ベルリンとともに来日し、東京で9夜に亘って外来オケとしては空前の「ブルックナー交響曲全曲連続演奏会」を開催。来日記念盤として、彼が1990~97年にベルリン・フィルと録音したブルックナーの交響曲全集が再発売される。超一流指揮者と世界最高のオーケストラによる録音ながら、この全集はいままで話題に上ることが少なかった。というのも1990年代にはチェリビダッケ(1912~96年)、ヴァント(1912~2002年)、朝比奈隆(1908~2001年)といった80歳代を迎えた巨匠指揮者たちが雄大にして崇高なブルックナー解釈を聴かせ、高い人気を得ていたからである。1954年にピアニストとして12歳でレコード・デビューした“天才”バレンボイムは、当時まだ50代の若さだった。

DANIEL BARENBOIM,BERLIN PHILHARMONIC ORCHESTRA ブルックナー:交響曲全集 Warner Classics(1998)

※試聴はこちら

 今日から見る90年代のバレンボイムのブルックナーは、楽曲に真正面から対峙し、ベルリン・フィルの重厚にして壮麗な響きを駆使した、壮年期のエネルギーに満ちた名演奏である。教会オルガニストだったブルックナーの作品だからと言って、ことさら宗教性を強調することなく、楽曲を等身大の大きさで鳴り響かせている。そして、半ば慣習化しているロマンティックな身振りもすっかり排除している。

 例えばブルックナーの交響曲第7番の終楽章後半では、フレーズの終わりをリタルダンドして、再びア・テンポに戻るロマンティックな演奏伝統が出版譜上にも残されているが、バレンボイムはこうしたテンポ操作を一切行わない。音楽をストレートな運びながら、ベルリン・フィルの荘厳な響きを十分に発揮し、ブルックナーの筆致が晴朗に流れ出すのが、この全集の最大の美点である。

 細部の仕上げの美しさもこのコンビならではだ。第5番の終楽章で、過去の楽章の主題が回想された後、新しい主題があたかも天から降りてくるように呈示される部分の、ベルリン・フィルの完璧な合奏技術によるフィギュアと音色の美しさは、静謐な佇まいとともに極めて印象的である。

 また最後の交響曲、第9番の演奏が例外的に情感豊かに演奏されていることも、この全集の特徴として挙げられるだろう。それは演奏時間にも現れていて、1時間を切る指揮者が多い中、バレンボイムは63分30秒をかけてこの作品の晩照を存分に描き出している。

 今回の来日公演が、こうしたバレンボイムのブルックナー解釈の集大成となることは間違いなく、われわれは録音後約20年の熟成ぶりを実感することになるだろう。


LIVE INFORMATION
東芝グランドコンサート35周年特別企画

○2016年2月9日(火)10日(水)11日(木・祝)13日(土)14日(日)15日(月)16日(火)19日(金)20日(土)
会場:サントリーホール(東京)
ダニエル・バレンボイム(p, 指揮)
シュターツカペレ・ベルリン ~ベルリン国立歌劇場管弦楽団~
www.t-gc.jp