曲を書き、ギターを弾き、歌う――そうして日々の思いを形にしてきた彼女が、嵐の時期を越えて見つけたのは、晴れやかな青空と希望に満ちたスペクタクル!

 2015年の植田真梨恵といえば、イケイケでしたね。メジャー・ファースト・アルバム『はなしはそれからだ』と、シングル“わかんないのはいやだ”の高評価を受け、2度のツアーもキャパをグッと増やして大盛況。9月には25歳になり、経験と自信を増して新しい年も攻めの姿勢で――と思っていたところへ届いたニュー・シングル“スペクタクル”。これは予想外かもしれない。滑らかなミディアム・ロック・チューンに、軽やかに飛び回るメロディーの快感。そこに、壊れそうなものをそっと守っているような、柔らかく繊細な歌の表情が加わって、力強い曲調なのにとても切ない。植田真梨恵に何が起きたのか?

植田真梨恵 スペクタクル GIZA(2016)

 「2015年はすごく感情の変化があった1年でした。その前のメジャー・デビューした年はずっと元気でいたんですけど、2015年は秋になってちょっと落ち込んでしまったんですよ。大人として考えなければならないことや、生活の問題や、いろいろな変化が重なって。いままで生きてきて、いちばん辛かった時期かもしれない。“スペクタクル”は、そこから抜け出そうとしていた時期に書いた曲です」。

 〈何があったの?〉と不躾な質問をする前に、歌詞をきちんと読んでみる。なぜなら、植田真梨恵の歌詞はいつだって彼女の心模様そのままだから。冒頭に登場する〈つまりは それでも 信じる〉という印象的なフレーズ。何も持っていなくても幸せだったあの頃。成長するにつれて、自分の道は開けてくるけれど、嵐の日も増えてくる。向かい風は追い風に、また向かい風に変わって、いつまでも終わりがない。

 「私はいままで、〈変わってはいけない〉と思う気持ちが強かったんですね。例えば地元の風景が変わってしまうことが淋しいとか、自分の音楽性が変わってしまうことが怖いとか。でも、変わることが怖くて動けなくなってしまうよりは、大事なものは大切に持ったまま、変わっていくことを受け入れようと思うようになったんです」。

 アレンジは、いつも彼女を支えているバック・バンドと〈いっせーのーせ〉で演奏したもの。呼吸のぴったり合ったアンサンブルで、エッジの立ったロックな音を出しつつ、彼女がこの曲に求める〈優しさ〉を完璧に表現している。

 「強いけれど、優しいものにしたかったんです。自分が落ち込んでいる時にも聴ける歌で、いまそういうところにいる人にも届くような光の歌になったらいいなと思っていたので。いつも(ファンから)Twitterやお手紙でリアルな内容のメッセージをもらうんですけど、私にできるのは曲で返すことだけなんですよね。その子たちにちゃんと歌える曲でありたいなと思っていました」。

 急激に変化してゆく環境のなかで、それでも変わらないもの。それは曲を作ること、バンドと音を奏でること、そしてファンの前で歌うこと。落ち込んだ時期を抜け、〈いまは音楽のなかで大事にしたいことをまた思い出せている〉という彼女の次のライヴは、ピアニストと二人だけで回るシリーズ・ツアー〈Live of Lazward Piano“Old-fashioned.”〉。ちなみにカップリング曲の“カレンダーの13月”は、2013年に同じ趣向で行われた公演にて歌われ、CD化が待望されていた楽曲で、もう1曲の“ソロジー”は彼女が18歳の時に作っていた、純粋な恋心を歌うピアノ・バラード。3曲とも冬のイメージで統一したという思い入れの詰まったこのシングルから、植田真梨恵の2016年は幕を開ける。

 「2016年は、より制作にストイックになりたいですね。これさえできればもう何も書かなくていい、と思えるくらいの曲ができればいいなと思いながら、自分の中にあるものを出し続けたいと思います」。

 “スペクタクル”は、主に映画などで使われる〈壮大なシーン〉という意味に、〈目まぐるしく変わる〉というイメージを重ねたタイトル。落ち込んだ時は落ち込んだ曲をバリバリ書き、いまはいまで次の曲のことで頭がいっぱい。そんな彼女の音楽ライフこそ、スペクタクルじゃないですか?