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インテリジェントなアーティストであり、フィジカルなプレイヤー

ジョン・ケイルは1942年、英国ウェールズに生まれ、小さい頃からピアノやヴィオラを学び、13歳の時に地元のユース・オーケストラに加入して演奏旅行に帯同するなど将来を嘱望された。しかしながら、ゴールドスミス大学時代にアーロン・コープランドの奨学金でNYに渡ってから人生が大転換、ジョン・ケージラモンテ・ヤング、トニー・コンラッドらとの交流を経て、シラキューズ大学出身のルー・リードらと共にヴェルヴェット・アンダーグラウンドを結成する……といったジョンの最初期の経歴は比較的知られたところだろう。だが、ヴェルヴェッツのセカンド・アルバム『White Light/White Heat』(68年)を最後にバンドを離れてからの活動、リリース作品については一部の熱心なファン以外にはあまり知られていない。

ジョン・ケイルがオルガンで参加したヴェルヴェット・アンダーグラウンドの68年作『White Light/White Heat』収録曲“Sister Ray”
 

ジョンがヴェルヴェッツ脱退後に最初にやった表立った仕事が、盟友ニコのアルバム『The Marble Index』(69年)のプロデュースだったことは、彼のキャリアをおさらいするうえでも大変重要だ。マルチ・インストゥルメンタリストとしてのスキル、音楽学の知識を活かし、客観的に他者の音楽をコントロールしてより良いものへとトリートしていくプロデュース・ワークを早い段階で体得したことで、その後のジョンの作品に多面的な聴かせ方、色彩を与えるようになったことは特筆に値する。

プロデューサーとしては、他にもストゥージズパティ・スミスジョナサン・リッチマン率いるモダン・ラヴァーズなど多く手掛けているし、共演相手としても、前述したブライアン・イーノやケヴィン・エアーズ、テリー・ライリーから、ジェフ・マルダーケイト&アンナ・マクギャリグルといったフォーク/カントリー系アーティストまで、幅広くその力が求められてきた。クラシック音楽への慈しみにも似た愛情、ロック・ミュージックに対する中毒とも思える衝動、ルーツ音楽やフォークロア音楽への敬愛の念、電子音楽や現代音楽に向けられた好奇心……そうしたさまざまな音楽への理解度の高さと、それを吸収する柔軟性を武器に、ジョンは長年寡黙に音楽の現場で生きてきたのだ。また、そうして培ってきたプロデューサーとしての第三者的な視線が彼自身の作品においても原動力になっていたことは間違いない。

ジョン・ケイルがプロデュースしたストゥージズの69年作『The Stooges』収録曲“I Wanna Be Your Dog”
 
ジョン・ケイルがプロデュースしたパティ・スミスの75年作『Horses』収録曲“Gloria”
 

無論、シンガー・ソングライターというより、クリエイター/マルチ・プレイヤーという横顔が強いゆえ、長きに渡って器用貧乏のように思われていた節がなくもない。自身のソロ名義作は70年の初アルバム『Vintage Violence』を皮切りに、コンスタントに発表。『Paris 1919』(73年)、『Music For A New Society』(82年)、『Fragments Of A Rainy Season』(92年)、『HoboSapiens』(2003年)と、周期的に代表作と呼べるだけの力作を残している点は、もっと高く評価されてもいいはずだ。なのに、ルー・リードと比べると注目される機会は残念ながら少ない。朗々と歌い上げたレナード・コーエンの“Hallelujah”のカヴァーに代表されるように、ヴォーカリストとしての力量も高く、ニコと一緒にやってきたかつての東京公演(残念ながら共演はなかった)でも、活き活きと躍動的なメロディーに大きな賞賛が集まった。

ジョン・ケイルの73年作『Paris 1919』収録曲“The Endless Plain Of Fortune”
 
ジョン・ケイルの92年作『Fragments Of A Rainy Season』収録曲“Hallelujah”
 

以前、アニマル・コレクティヴのメンバーは、背中を伸ばしたり丸めたりしながら力強く鍵盤を叩く姿、大きな身体をしなやかに動かしながらヴィオラを弾く様子こそがジョン・ケイルの作品だ、あれ以上の傑作はない、とさえ話してくれたことがある。楽譜上で起こることを計算しながら、解析して作品化することができるインテリジェントなアーティストでありつつ、パティ・スミスのバック・バンドで音が割れていても構わずにベースをブンブンと唸らせていたことがあるほど、フィジカルなプレイヤーでもあるということ。そんな跳躍力のあるミュージシャンシップが、いまなお下の世代に対して表現者としての意識を高める機会、クリエティヴィティーを刺激するきっかけを与えている事実がどれほど価値のあることか。

いまこそ、ジョン・ケイルのそうした音楽家としての本質的な魅力を再検証する時だろう。少なくとも、2000年代以降のNYブルックリン周辺アーティストのハイブリッドでヴィヴィッドなサウンドは、この人の存在なくしては形成されなかったと言ってもいい。今回の来日公演で、われわれはそんな功績をきっと眩しいほど目の当たりにするはずだ。

ジョン・ケイルの2012年のKEXPにおけるライヴ映像

 

ジョン・ケイル来日公演
日時/会場:2016年8月6日(土)~8日(月) ブルーノート東京
開場/開演:
〈8月6日(土)、7日(日)〉
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:19:00/20:00
〈8月8日(月)〉
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
料金:自由席/9,800円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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