アルバムを作り始めたときはアトムス・フォー・ピース漬けだった

――トロンボーンだけでなく、作/編曲家としてもいろんなアーティストに携わってますよね。自分で曲を書きはじめたのはいつ頃からですか?

コーリー「楽器のためにパートを書いたり、そういう意味での作曲を本格的に始めたのは大学時代から。最初はモダン・ジャズの曲って感じだったね。ビッグバンドよりは小さい編成のアンサンブルのために作曲するようになって。僕自身は凝ったハーモニーやコード進行を考えるのが好きで、その上に綺麗で美しかったり、ファニーだったりするメロディーを乗せることに挑戦してきたよ」

――今回のアルバム『Lashes』以前にも、エスペランサやエリマージなど、いろんなところで歌モノの曲を共作しているじゃないですか。どんな楽器を使って作曲しているんですか?

コーリー「キーボードやピアノだね」

――プログラミングも自分でするんですか?

コーリー「そうだね。アイデアや曲の形式/構成をキーボードを弾きながら練って、固まってきたらコンピューターで具体的なパートを考えながら打ち込んでいくという流れだね」

――じゃあ、サンプラーでビートを作ったりも?

コーリー「もちろん」

――『Lashes』にはエレクトロニックな音もたくさん入っているし、多重録音も駆使しつつ、音響的な部分にかなり気配りされてますよね。

コーリー「アルバムを作るにあたって、自分が一番聴きたいものを作ろうと思ったんだ。それで声とハーモニー、それからアトモスフィア(空気感)はアルバムを通して一定に保ちたかった。そのうえで、例えばドラムでもヘヴィーなものがあったり、ちょっと軽めなものがあったりと、いろんなヴァリエーションを付けていったら、最終的にこんなアルバムになったという感じだね」

――あとは最初に聴いたとき、とてもロックなサウンドだと思いました。

コーリー「確かに、ギターが全面に出てドライヴ感のある作りになっているからね。特に(収録曲のうち)3曲くらいはロックのフィーリングが強い曲になったかもしれない」

――このアルバムの制作にあたって、インスパイアされた音楽はありますか?

コーリートム・ヨークのソロ作『The Eraser』(2006年)とアトムス・フォー・ピースだね。あとはブライアン・イーノの大ファンだし、最近だとボノボが好きだから、そういった要素もあるんじゃないかな。そんな感じで、いろんなところから要素をピックアップして、ひとつにまとめたものが自分の音楽だと思う」

ボノボの2013年作『The North Borders』収録曲“Cirrus”
 

――なるほど。

コーリー「ただ、ハーモニーに関してはジャズの影響が大きいね。さっきも話したように、僕は凝ったハーモニーを作るのが好きだから。ソロのバッキングもそうかもしれないし、ギター・ソロにもかなりジャズっぽさがある気がする」

――この『Lashes』でギターを弾いているマシュー・スティーヴンスは、自分のリーダー作『Woodwork』(2015年)でもジャズとロックの中間のようなフィーリングを出してましたよね。

コーリー「そうそう。だからギターは、ジャズっぽい環境のなかでソロを取っているような感じが出ているんじゃないかな」

マシュー・スティーヴンスの2015年作『Woodwork』収録曲“Ashes”のライヴ映像
 

――〈ハーモニーを作るのが好き〉と何度も強調していますけど、例えばどういうハーモニーが好きなんですか?

コーリー「基本的に暗いハーモニーだね。ちょっと不気味な感じもするけど美しい、そういうハーモニーが好きなんだ。参考にしているのはモーリス・ラヴェルエリック・サティといった人で、ジョー・ヘンダーソンのハーモニーも神秘的で美しい部分があるから好きなんだ」

――ダークでミステリアスで美しい、というのもレディオヘッドっぽいというか。

コーリー「そうだね。そういうを聴いて育ってきたから、自分の構成要素のひとつであるのは間違いない」

――でも、さっきの話だとレディオヘッドというよりはアトムス・フォー・ピースが大きかったんですよね?

コーリー「このアルバムを作りはじめたときに、たまたまアトムス・フォー・ピース漬けになっていたんだよ。電車に乗るときも車を運転するときも、ずっとアルバムを聴きまくっていた。ダンスの要素にロックの要素、それからプログラミングの手法まで、このアルバムを作りはじめた頃にあらゆる点で影響を受けていた気がする」

アトムス・フォー・ピースの2013年の来日公演の模様
 

――アトムス・フォー・ピースの『Amok』がリリースされたのが2013年ですよね。『Lashes』を作りはじめたのもそのくらいから?

コーリー「うん、曲を書きはじめたのが2013年の終わり頃かな。その翌年に曲を絞っていって、2014年~2015年にかけてレコーディングの作業を進めていった感じだね」

――アトムス・フォー・ピースはレディオヘッド以上に、ドラマー(ジョーイ・ワロンカー)の生演奏が印象的なバンドですよね。

コーリー「そうそう。僕はぶっといドラムの音が好きだから、そこは大切だったね。アルバムの全体的な雰囲気や、トム・ヨークの声を含めたあの世界観みたいなものを、自分の作品に採り入れたかったというのはあるかもしれない」

 

エスペランサの独創的なアプローチに刺激を受けた

――もともと教会の合唱隊で歌ってたと最初に言ってましたよね。でも、このアルバムでのヴォーカルからは、ゴスペルやソウル/R&Bのようなフィーリングをあまり感じなかったんですけど、それに関してはどうですか?

コーリー「そうだね。確かに教会でも歌ってはいたけど、自分が好きなのはむしろクラシックのような歌い方なんだよね。ゴスペル自体にはそれほど入れ込んでいたわけではなかった」

――シンガーだったら、どういう人が好きですか。

コーリー「もちろんトム・ヨーク。それからナット・キング・コールデヴィッド・ボウイマーヴィン・ゲイ。あと、ポール・マッカートニーの声も大好きだね」

――歌詞も自分で書いてるんですよね?

コーリー「そうだよ。例えば“Parisian Leaves”という曲は、パリに行ったときに散歩していたら突然ネズミが出てきて、食欲が失せちゃったことがあったんだけど、それを元に書いている。あと、“If”はソーシャル・メディアが人々の考え方や思考を支配するといった状況を描写したつもり」

――アルバムのオープニングを飾る“Ibaraki”は?

コーリー「その曲はタクヤと一緒に茨城へ行ったときに、宿泊先のホテルで書いたんだ」

黒田「前のアルバム(2014年作『Rising Son』)のレコ発ツアーで茨城に行ったんですよ。そのときのライヴが一番盛り上がって」

コーリー「演奏もベストだったしね」

――その“Ibaraki”は、どんなことを歌っている曲なんですか?

コーリー「(茨城では)ホテルの部屋から海が見える部屋に泊まったんだ。それで、波打ち際で陸の部分が見えたり隠れたりするのを眺めていたら、隠されていたはずの事実が、あるときスーッと表面化していくようなイメージが重なってきた。それを歌詞にしたんだよ」

――さっき話に出た〈ぶっといドラムの音〉といえば、ジャマイア・ウィリアムズが参加してるじゃないですか。彼はLAを拠点にしていたと思うんですけど、わざわざNYに呼んでレコーディングしたんですか?

コーリー「うん。2014年にやった最初の2回のセッションでは、ジャマイアを呼んでNYでレコーディングしたんだ。ジャマイアはもっとも長い付き合いの友達だし、僕も彼と一緒にエリマージで活動しているから、音楽的なことに関しても一番の理解者だからね」

ジャマイア・ウィリアムズが参加した『Lashes』収録曲“If”
コーリーが作曲に携わったエリマージの2012年作『Conflict Of A Man』収録曲“Conflict Of A Man”
 

――確かに『Lashes』はインディー・ロック的な意匠という点で、エリマージにも通じるフィーリングを感じました。その一方で、もうひとりのドラマーであるジャスティン・タイソンをいくつかの曲で起用していますね。

コーリー「彼はトラックのようなドラマーなんだ。いまはエスペランサの『Emily D+Evolution』ツアーで一緒に演奏もしているけど、大好きなプレイヤーのひとりだし、ヘヴィーで太いドラム・サウンドが気に入っている。“Uncle Richie”や“Climb”みたいな曲では、まさに彼のようなドラムが欲しかったんだ。それに、ジャスティンはバンドのなかで起こった(クリエイティヴな)動きを敏感に察知して、音楽的にも的確なプレイができるんだよ」

コーリー、ジャスティン・タイソン、マシュー・スティーヴンスが参加したエスペランサ・スポルディングのライヴ映像
 

――エスペランサの『Emily D+Evolution』でもヘヴィーなロック・サウンドが展開されていましたけど、彼女のバンド・メンバーとシェアしたものは大きかった?

コーリー「ヴォーカルに関してもそうだし、バンド間におけるコミュニケーションの取り方にもすごく刺激を受けたよ。さまざまな要素をまとめるやり方や、彼女のリリックも、とにかくアプローチが非常にユニークなんだ。もちろん、いろんな方面に関しての知識も豊富だしね」

――『Emily D+Evolution』のライヴでは、バンド・メンバーにシアトリカルな動きも求められていたじゃないですか。

コーリー「あれは相当難しかったね! かなり大変だったけど、とにかくやらないとしょうがないから(苦笑)」

――同じコンセプトのライヴなのに、昨年の〈東京JAZZ〉と今年5月の単独公演を比べると、劇のパートが随分短くなっていたのが印象的でした。ライヴによっても変化するみたいですね。

コーリー「リハーサル中にいろんな要素を試したり、アイデアを加えていったりするんだけど、実際にライヴでやってみると上手くいかない部分もあるからね。それで省略するパートが出てきたりもしていたよ」

 

――この『Lashes』をローパドープからリリース(日本盤はAGATE)することになったのは、どういう経緯で?

※99年の設立以来、ジャズやファンクからヒップホップなどを横断しながら意欲的な作品を送り出しているフィラデルフィアのレーベル。近年のリリース作にスナーキー・パピー『Family Dinner Vol. 1』(2013年)、クリスチャン・スコット『Stretch Music』(2015年)、テラス・マーティン『Velvet Portraits』(2016年)など

コーリー「クリスチャン・スコットが繋いでくれたんだよ。初期のかなりラフなデモ音源を何曲か送ったら気に入ってくれて、それがきっかけで契約することになったんだ」

――ローパドープは、近年のジャズ・シーンでも群を抜いて先鋭的なレーベルという印象です。

コーリー「ジャンルに固執しない、クロスオーヴァーな姿勢に僕も共感しているよ。自分の好きな音楽を、巧みに織り交ぜているミュージシャンがたくさん所属しているからね。過去のカタログを見ても、キング・ブリットみたいなDJもいればジャズ・ミュージシャンもいるし、いろいろな作品があっておもしろいんだ。あとはジョン・エリスがいるのも大きいね」

コーリー、マシュー・スティーヴンスが参加したクリスチャン・スコットの2015年作『Stretch Music』収録曲“West Of The West”
キング・ブリットの2005年作『Presents Sister Gertrude Morgan』
 

――では最後に、最近お気に入りの音楽を教えてください。

コーリー「シンガー・ソングライターのレイ・ラモンターニュ。あとはビョークの新しいアルバム(2015年作『Vulnicura』)と、やっぱりブライアン・イーノかな。80年代にイーノがダニエル・ラノワと一緒に作ったレコードがあるんだけど、それがすごく好きなんだ」

――ダニエル・ラノワの名前が挙がるのは、とても納得できますね。ちょっと暗くて揺らぎのある、アンビエンスが心地良い作品が好きなんですね。

コーリー「そうだね。あと、スクールボーイQは本当におもしろいし、スケプタも素晴らしいと思う」

レイ・ラモンターニュの2008年作『Gossip In The Grain』収録曲“You Are The Best Thing”
ダニエル・ラノワが共同プロデュースしたブライアン・イーノの83年作『Apollo: Atmospheres And Soundtracks』収録曲“Deep Blue Day”