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バレアリックは古い新しいでなく普遍的なもの

――次に取りかかった曲は?

「1曲目の“Cruise”ですね。この曲は実際にライヴで何度も演奏して、時間をかけて形を変えていったんですけど、最終的にはBPM110のスローモーなアレンジに落ち着きました。この曲のポイントは、午前中っぽい雰囲気が入れ込めたことかな、と」

――混沌とした高揚感に夜のムードが感じられた『OUT』に対して、“Cruise”をはじめとして、『Extended』は澄み切った心地良さがありますよね。

「今にして思えば、『OUT』の曲を3年間やり続けていた反動という気がしなくもないんですが(笑)、今回の作品ではバンドとしておもしろいところに行きたくて、夜の雰囲気があった『OUT』に対して、『Extended』では光が射してくるような気持ち良さ、抜け感を意識しました。その感覚をどう音に変換するのか。例えば、アコースティック・ギターの気持ちいいやつとか、以前の自分には関係ないと思っていたけど、そういう音楽もいつの間にか楽しめるようになっていたんですよ。というのも、ダンス・ミュージックをいろいろ聴いていくうちに、当然バレアリックに辿り着くじゃないですか。そして、今の代表的なレーベル、インターナショナル・フィールやクレアモント 56、バレアリックなリエディットをリリースしているバレアリック・ブラー・ブラー(Balearic Blah Blah)の作品なんかを聴いているうちに、〈緩い音楽=つまらない〉という若かりし頃の固定概念が完全に覆されて、緩いなかにもグッと来る格好良さがあって、さらに言えば、バレアリックの気持ち良さは新しい古いの次元ではなく、普遍的なものなんだなと気づいた。端的に言えば、こういう気持ち良さに抗えなかったということなんですけどね(笑)」

インターナショナル・フィールからリリースされたプライヴェート・アジェンダの2015年の楽曲“Freefalling”
バレアリック・ブラー・ブラーの2014年のEP『Balearic Blah Blah Volume 2』収録曲“Sunda Set”
 

――続く“New Dub”“Mood Mood”を含めた前半は、ミニマルなフレーズをそれぞれのリズムで刻む各楽器がポリリズミックに合わさることで大きなグルーヴを生み出すダンス・チューンになっていますが、メロディーに寄りかからない抑制の利いた演奏とアゲ一辺倒ではない緩急のついた展開が絶妙ですね。

「いろんな要素を詰め込んだ『OUT』に対して、今回は1曲のなかでやりたいことをもっとフォーカスしたくて、なるべくアイデアを詰め込まないようにと意識したんです。だけど、そうすることによって、最低でもこれを入れないと曲が成立しなくなる要素があることも再確認させられたり(笑)。今回の制作では、緩さと高揚感のさじ加減に一番時間をかけましたね。“New Dub”で、小節数の割り方をポスト・ロック的にひねったレゲエと、同じくポスト・ロックの出自を持つフォー・テットのグルーヴ感を、人力のバンド・サウンドに注入する一方で、トライバルなトラックものをイメージした“Mood Mood”では、楽器の重ね録りだったり、いわゆるポスト・プロダクションを見据えて、作業を進めた。いろんなタイプの曲を取りそろえて、バンドのダイナミズムとダンス・ミュージックのシーケンス重視のアプローチを混在させました。そして、『OUT』と大きく違うのは、全ての曲をつなぎ止めるレゲエ、ダブの要素が一貫して流れているところかな、と」

――サックスの後関好宏さんをフィーチャーした“Double Sider”はレゲエに通じるクンビアのルーディーなグルーヴとディスコのクロスオーヴァーが実にYSIGらしいなと思いました。

「この曲もいろいろ試した末にこの形に落ち着いたんですよね。当初はもっとテンポが速かったし、ディスコ・リエディットのようにミニマルなフレーズのループから一気に元ネタが展開するような大胆すぎる構成にも挑戦したんですけど、さすがにそれをバンドでやるのは難しすぎた(笑)。ただ、レゲエがそうであるように、オーセンティックでルーディーな音楽はダンス・ミュージックと融合できるはずだ、と。だから、まずは楽曲として、シンプルにバンドならではの良さを固めて、さらにそれをダンス・ミュージック以降の感覚で解釈することで、上手く仕上がりましたね」

――続く“Palm Tree”は、ソウル・ジャズが2002年にリリースした名作コンピレーション『Hustle! Reggae Disco』を思い起こさせるトロピカルなレゲエ・ディスコ・チューンですよね。

「“Palm Tree”はセッション的な、力が抜けた曲をやろうということでレコーディングしたものなんですけど、アルバムの主軸としてはダンス・ミュージックが揺るぎなくあったので、そのテーマに上手くハマるアプローチを考えたら、自然とディスコ的なカッティング・ギターを加えたレゲエ・ディスコになりました。これはすぐに出来たんですけど、過剰に気合いを入れれば、必ずいい曲になるわけではないというか、この曲にはそういうライトな良さがあると思いますね」

――そして、“On”は軽やかなジャズ・ファンクをベースに、ループ的な演奏で構成された凝った作りの曲になっています。

「この曲はレコーディングの最後に録ったものなんですけど、録る直前まで何かが足りないなとずっと思っていて。そこで曲を短くするために、演奏を展開するんじゃなく、ループさせてみようと。それがリエディットの発想とぴたっとハマったんですよね。それで演奏の趣旨をみんなに説明して、迷う前にぱっと録音したんです。演奏する側からすると、この曲が面白いのは、しばらくの間、同じフレーズの演奏から抜け出せないというか、普通だったら演奏を展開させる箇所なのに、この曲では、SFのタイムリープのように、演奏がまた元に戻るんですよ(笑)。だから、今までに味わったことがない不思議な気持ち良さがあるんですよね」

――オリジナルを編集して制作されるリエディットに触発されて、ここでは逆にリエディットの手法をオリジナルに持ち込んでいるわけで、通常ではあり得ない曲ですよね。

「はははは、ですね。でも、その手法を編み出したことで、これまで自分がリスナーとしてダンス・ミュージックに接してきた経験や『OUT』の曲をリミックスしてもらったことを経ての、バンドとして提示するべき一つの答えが出せたんじゃないかなって」

――長く続いた試行錯誤や蓄積されたアイデアや経験が蒸留されて、清々しい聴き応えのアルバムに結実した、と。

「作っているときは無我夢中で、自覚はなかったんですけどね。その過程では、表現したい感覚を言葉にするのが難しかったし、メンバーにもうまく説明できなかったので、その感覚を共有するためには、実際に音を出して、自分を含めた全員で体験するしかなくて」

――多くのダンス・ミュージックは、ポップスのような一本の太いメロディーやはっきりした曲の構成が排除された抽象表現だったりしますもんね。ただ、このアルバムは抽象的なりにも曲のストーリー性などで、ヴィジュアルを喚起させてくれます。

「そうですね。個人的には曲を作るとき、例えば、ロングボードのサーフィンのスロウモーションな映像や、ショアブレイクする瞬間を波のなかから撮った映像とか、そういうものを観ながら、作業することも多かったです。しかも、サーフィンという具体的な要素を取り払って、波のしぶきや色、動きなど、一番シンプルな気持ち良さに脳内をぐっとフォーカスすることで想像力が喚起されるんですよね。僕がダンス・ミュージックに見出したおもしろさも同じで、シンプルでミニマルがゆえに無限の広がりが感じられるところだったんじゃないかな、と」

 


6th ALBUM『Extended』Release ONEMAN TOUR〉

2017年5月20日(土)愛知・名古屋CLUB QUATTRO
2017年5月28日(日)宮城・仙台enn 2nd
2017年6月3日(土)大阪・梅田Shangri-La
2017年6月11日(日)福岡Early Believers
2017年7月1日(土)東京・渋谷WWWX
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