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ブラック/分業制ポップ全盛の時代に、インディー・レーベルは何ができるのか?

上野「昨年でちょうど設立10周年を迎えた〈デッド・オーシャンズ〉ですが、このレーベルの特色、強み、おもしろさはどこにあると思われますか?」

岡村「たとえば、デストロイヤー(ダン・ベイハー)はニュー・ポルノグラファーズのメンバーでもあってカナダから出てきた人ですし、キャリフォン、ケヴィン・モービー、ビル・フェイも然りですが、一定のキャリアと経験があるアーティストが徐々に移籍してきたじゃないですか。そういった人たちが集まることで、結果的にその多様性にスポットライトが当たっていることは間違いない。とはいえ、フィービーとかジュリアナ・バーウィック、ミツキのような、それまではまだまだ広くは知られていなかった新鋭の女性シンガー・ソングライターもきちんと紹介しているんですよね」

上野「僕の印象では、トレンドに左右されず、タイムレスな歌を書ける良質なシンガー・ソングライターが男性/女性どちらも充実しているレーベルだなと。ちゃんと自作自演で表現できる人たちというか。ただ、岡村さんが挙げてくれたフィービーもそうですが、ここ1~2年でミツキ、ジャパニーズ・ブレックファースト、アレックス・レイヒーらが加わったことでグッと間口が広がった感じもありますね。そして、どのアーティストもターニング・ポイントとなり得る名盤をデッド・オーシャンズから発表した。言葉は悪いですけど、初期の〈上級者向け〉なイメージに比べると、すごく取っ付きやすいアーティストが増えた気がします」

岡村「そうですね、私が初期御三家と呼んでいるアクロン/ファミリー、ビショップ・アレン、バウアーバーズの3組はある意味で渋かったというか、音楽の歴史や体系をいくらか理解していたり、興味を持っていたりする人ほどおもしろがれるアーティストだと思うんですけど、〈今日はじめて洋楽を聴きました〉っていう人にはちょっと敷居が高かったかもしれない。その御三家も、いまやみんなデッド・オーシャンズからはいなくなってしまったんですけど……(笑)」

上野「そういうレーベルとしてのカラーの変化みたいなものって、アメリカ国内はもちろん、世界的な音楽シーンの潮流も関係していると思われますか?」

岡村「うん、多少はあると思いますね。いま我々が思う洋楽って、白人のロックが弱いとか、セールスがR&Bやヒップホップに抜かれたとか、そういうことばかりがニュースになるじゃないですか。そういった逆境の中での白人的なロック――いわゆるブラック・ミュージックではない音楽というのを、より強くプレゼンテーションするっていう意識がどこかで働いているのかもしれない。

実際に現在のデッド・オーシャンズのラインナップを見ても、ダイレクトにアップリフティングされたブラック・ミュージックというのはあまりないじゃないですか。どこかで影響は受けているアーティストもいるだろうけど、白人としてのコンプレックスみたいなものを追求しはじめていったときに、スロウダイヴとかキャリフォン、あと元エメラルズのマーク・マグワイヤみたいなアーティストが存在感を示している気がしますね。いまの潮流の真ん中とは違う切り口から、もうひとつのストリームを作ろうとしているのかもしれない。そういう意味では〈ジャグジャグウォー〉のほうがもっと野心的というか、ボン・イヴェールのヒットが象徴するように、もっとアクティヴにブラック・ミュージックとも接続することに重きを置いている」

上野「そのいっぽうで、近年はスロウダイヴのようなシューゲイザーの大御所から、シェイムのようなイキのいいバンドまで、UKを拠点とするバンドが増えてきました。どうやら、去年からイギリスにもA&Rの支部を置いたらしいんですよ。もともとは〈XL〉でホラーズを担当していた人で、その流れからスロウダイヴやシェイムが加わってきたのかな。〈デッド・オーシャンズ特集:前編〉でも詳しく書かれていますけど、南ロンドンには〈The Windmill〉っていうライヴハウスや、〈So Young Magazine〉なんかを軸としたアンダーグラウンドのシーンが加熱しつつあって、その中でもシェイムに対する期待感はずば抜けているみたいで」

岡村「やっぱりスロウダイヴを持ってきたのは象徴的というか、これまで手薄だったUKのバンドを次々と獲得しているという意味でも、デッド・オーシャンズは次のフェーズに入っているのかもしれませんね。私はいま流行りだからと売れ線のR&Bやヒップホップにサッと寄っていくアーティストより、たとえ完成度が高くなくても、長い音楽の歴史のなかに横たわっている新旧さまざまな世界中の音楽を自分でキャッチして、好きなように消化した上でどこまでやれるのかに挑戦し、もがいたりしているアーティストたちを応援したい。そこにコンプレックスが見え隠れしていたり、自虐が潜んでいたりしていたとしても、そのなかで〈自分に何ができるのだろうか?〉とがんばっている人たちが好きだし、USインディーのおもしろさってそういうところにあると思うんですよ。初期のダーティー・プロジェクターズもアクロン/ファミリーもそうだったし、いまのケヴィン・モービーやフィービー・ブリッジャーズとかもそうですよね」

上野「あとは、分業制ポップが全盛の時代だからこそ、独立独歩なシンガー・ソングライターを応援したいっていう気持ちもあるのかもしれませんね」

岡村「そうですね。いまだとブルーノ・マーズやジャスティン・ティンバーレイクのような人気者たちが〈ポップス〉と言われるわけですけど、セールス面では至らなくても、コンプレックスも自虐も背負っているからこそおもしろいUSインディーの、流行に媚びないポジションで活動する優れたバンドやアーティストたちだって〈ポップス〉……いや〈ポップ・ミュージック〉という旗印をいまの時代でもしっかり意識していると思います。決して追い風ではないかもしれないですが、こうした現在の環境のなかで結果を出していくこと、そうした志に共鳴できるアーティストを獲得していくこと。そういったところに力点を置いてやっていこうっていう気概が近年のデッド・オーシャンズからは感じられますね」