ニューウェイヴィーなモードからのミック・カーン
「ジャパンにはミック・カーンというベーシストがいまして。ちょっとマニアックなことを言うと、フレットレス・ベースを使う人なんですね。一般的に、皆さんがよく見ているものは〈フレッテッド〉と呼ばれていて、フレットとは〈正確〉という意味なんですけど、正確な音程が取れるように銀の棒がネックに打ち込んであるベースです。つまりフレットレス・ベースはその棒がないもの。ウッド・ベースも同じくフレットレスで、ウッド・ベースとかなり感覚が近いエレキ・ベースのことです」
――やっぱりフレッテッドのものより弾くのは難しいんですか?
「そうですね、指のちょっとした角度だけでシャープかフラットか分かれてしまう。かといって、フレットレスを使っている人がみんなピッチがいいかというとそうでもなくて、ロン・カーターっていう有名なウッド・ベースの奏者がいるんですけど、その人はすごくピッチが悪い。でもそれがカッコ良かったりしますね」
――ふーん。
「で、ジャパンのミック・カーンがそんなフレットレス奏者のなかでもヤバイという話は、中学生くらいの頃から聞いていたんですけど、何となくまだ(聴くのは)早いんじゃないかなという感じがしていて……あるじゃないですか、名前は知ってるけど聴いたことないもの。すっげえイイって言われてるけど、実は聴いたことないんだよね、ということ」
――あー、ありますね。聴いた気になってる感じのとか。
「実は僕、U2をあまり聴いたことないんですよね。あとオアシスなんかもそうですね」
――いいんじゃないでしょうか、あえて聴かなくても(笑)。
「ハハハ。まだあるんですよ……何だっけ、まあいいや。で、ちょっと前に邦題が〈錻力(ぶりき)の太鼓〉っていうジャパンのアルバムを買って」
――81年の5作目かつラスト・アルバムの『Tin Drum』ですね。やっと聴く気になった感じだ。
「そうです、そうです。4月にOKAMOTO’Sのツアーが終わって、自分の新しい方向性を考えた時に、何かを見て刺激を受けるっていうこともなかなかなくなったなと思ったんですよね。それで、最近自分のなかでちょっと〈ニューウェイヴ感〉があって、格好や髪形で」
――んー、なるほど、ハマくんの最近の衣装とか。
「そうそう。そんなタイミングで、3年前に初めてベース・マガジンの表紙を何人かの方たちと合同でやらせてもらった号がちょうどミック・カーンの追悼(2011年逝去)特集だったことを思い出したんですよ。で、その掲載誌を引っ張り出して読んでみて、おもしろいなと思ったのがこの『Tin Drum』で」
――ニューウェイヴィーなモードだなというところから、ふとミック・カーンが浮上してきたわけですね。
「そう。フレットレス・エレキ・ベース奏者のなかでは世界でいちばん有名なのはジャコ・パストリアス(ソロのほか、ウェザー・リポートでの活動も知られるジャズ/フュージョンのベーシスト)ですけど、僕個人的にはそんなに好きじゃなくて。すごいプレイヤーだとは思うんですよ、でも音楽的に心をくすぐられないんですよね、まだ。〈まだ〉ね。そんなジャコの対向にいるのがミック・カーンかなと」
――へー。
「まずその『Tin Drum』の“Visions Of China”という曲でヤラれまして」
「このベースの音のデカさ!」
――おもしろい音ですね。
「そうそう、この人の音はフレットレスのなかでもだいぶおもしろい。あと“Swing”っていう曲の映像も観てほしいんですけど」
「これはTV番組に出演したときの映像で、冒頭からもうカッコイイですよね、すごい斬新」
――この佇まいが。
「うん。それにミックのフレーズがめちゃめちゃヘンなんですよね~。16ビートを感じる。〈裏〉を感じるんですね。とにかくそれがすっごくカッコイイと思って。これは絶対何かあると思って調べたら、ジャパンの初期はソウル/ファンク/パンクを上手いこと採り入れて自分のものにしようとしている感じだったみたいなんですよ」
「そんな初期を経て、『Tin Drum』でその形が確立された感じなのでしょうか。個人的には、当時のいわゆるニューウェイヴのバンドを聴いてもあんまりパッとしないのですが、ジャパンに惹かれたのはそのルーツを感じたからなんですよね。なかでもミック・カーンのベースが好みだったと。プレイも良いですが、ステージ・アクションがおもしろいというところも含めて……。ミック・カーンはよく〈蟹歩き〉をすると言われていまして」
――蟹ですか。
「蟹です。それがはっきりわかる衝撃の映像をご覧ください。“Gentlemen Take Polaroids”というジャパンの代表曲で、この『Oil On Canvas』に収録されている音源が使われている映像です」
――(3分10秒くらいで)えー! どういうこと?
「いやもう横に動いてるんですよ。上半身をまったく動かさずに」
――ハハハハハハハ……(笑)。
「これにヤラれちゃって。とにかくこの時代特有の〈ツクツクタカツク〉っていうリズムに対して、裏の、すごく歌を邪魔するヘンなベースを弾きながら、蟹歩き」