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トム・ミッシュやキング・クルールとジャズ・シーン

野田「まあ、〈南ロンドンも来年には家賃も高騰して、住めなくなっちゃう〉ってカマール・ウィリアムスが言っていましたよ。だから、ひょっとしたらロンドンの最後のあがきかもしれない。彼らも闘っているんじゃないですか、そこで。もともとペッカム周辺はマルチ・カルチュラルというか、移民の街でしたが」

――家賃が高騰するのは、ジェントリフィケーションのせいですか?

野田「いや、ハイプになってしまったということですよね。イギリスって、西ロンドンのシーンのように、そういうものを自分たちで作るのがうまいじゃないですか。〈クール・ブリタニア〉じゃないけど、国ぐるみでやるくらいの感じでね。でもそれは、ある時期で収束していくものなんです」

小川「西ロンドンもそうなんですけど、南ロンドンにもレコード・ショップやスタジオ、ラジオ局、あとクラブですよね――そういったものが密集していて、そこに人が集まってきて、音楽が生まれているという側面がありますよね。アメリカとは違って、いろいろな人たちがゴチャゴチャと密集している感じがあります」

――なるほど。では、すでに話題に上がりましたが、ロンドンのジャズ・シーンとトム・ミッシュなど、ポップ寄りのミュージシャンとの関係はどうですか?

小川「トム・ミッシュは、アルファ・ミストというピアニスト兼プロデューサーとか、カイディ・アキニビというサックス奏者とか、ジャズ・ミュージシャンと一緒にやっていますね。直接的な交流というよりも、自分たちの作品にジャズ・ミュージシャンを参加させるとか、そういった感じですね」

野田「あの周辺から、けっこうミュージシャンが出てきましたよね。プーマ・ブルーとか、ジェイミー・アイザックとか。あのあたりから、アシッド・ジャズ時代におけるジャミロクワイやブラン・ニュー・ヘヴィーズのようなスターが出てきますよ、きっと」

小川「ジョー・アーモン・ジョーンズのアルバムに参加している、ギタリストのオスカー・ジェロームという人がいるのですが、彼はトム・ミッシュに近い立ち位置のシンガー・ソングライター/ギタリストなんです。いまの南ロンドンでも彼が注目の一人だと僕は思っていますね。

あと、ジョー・アーモン・ジョーンズの“Ragify”っていう曲があるんですけど、これはキング・クルールと一緒に仕事をしているラギファイっていうプロデューサーがいて、彼からインスパイアされて作っているみたいですね。そして、キング・クルールのアルバム『The Ooz』は、ディーマスがミックスを手掛けているんです」

プーマ・ブルーの2018年の楽曲“Moon Undah Water”

 

UKジャズは、まだまだこれから

野田「でも、UKジャズは、まだまだこれからじゃないですかね。別冊ele-kingのUKジャズ特集では、80枚の作品を選んでいるんですよ。それでも、たぶん、これからもっと作品が出てくる機運はありますよね」

小川「そうですね。今年は、カマール・ウィリアムスのアルバム(『The Return』)が出ますよね。あと、テンダーロニアスっていう人がやっている22aっていうレーベルがあるんですけど、そこからまたいくつか作品が出ますよね」

野田「テンダーロニアスのフル・アルバム(『The Shakedown』)も出ますよね。あと、コメット・イズ・カミングも出るんですよね。カイディ・テイタムのアルバムも出ますし、ディーゴも自分のアルバムを出すと言っていました」

小川「モーゼス・ボイドにもアルバムを出して欲しいですよね」

野田「出して欲しいですね」

小川「いま、いちばん出して欲しいミュージシャンですね。モーゼス・ボイドもいろいろなタイプの音楽をやっているんですけど、エクソダスというプロジェクトの楽曲はわりとエレクトロニック・ミュージック寄りなんです。

一方で、ピーター・エドワーズ・トリオという、ザラ・マクファーレンのバックもやっているバンドがあるんですけど、そこではオーソドックスなジャズ・ドラミングをやっています。あと、彼は20代前半くらいで、とにかく若い」

野田「いまのUKジャズって、かなりもう役者が揃っているじゃないですか。それは強いなと思います。狭い街の中でこれほどの人間関係というか、ある種のコミュニティーが形成されている。それは、すごく曖昧で茫洋とした感じかもしれないんですけど」

小川「層が厚いですよね。ミュージシャンの数というか」

野田「そうなんですよ。しかも、個性が際立っているじゃないですか。シャバカは、ダブステップで言ったらマーラやブリアルみたいな人なんですよ。ある意味、シーンの精神的支柱なんです。カマール・ウィリアムスにシャバカについて質問したら、〈レジェンドだ〉って言っていましたからね。『Black Focus』のときに参加してくれて、本当にうれしかった、光栄だったと」

――34歳にして、すでにレジェンドなんですね。

野田「そうなんですよね。シャバカ以外にも、ヌビア・ガルシアのような女性のサックス奏者がいて、一方で、〈街のあんちゃん〉みたいなカマール・ウィリアムスがいて、モーゼス・ボイドみたいな天才肌のドラマーがいる。ヌビアのバンドのネリヤなんて、ドミノと契約しました。これはもう、間違いなく話題になるでしょうね。本当に、いまのUKジャズの高まりを感じます」

ネリヤの2016年のセッション映像、演奏しているのは『Nérija EP』収録曲“The Fisherman”