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落第を告げられたときは学長室に乗り込んで抗議しました(笑)

――パリの音楽学校時代の話が面白そうなので、もう少し聞かせてください。

「パリで学ぶ前に、日本で電子オルガンのコンクールに出場していたのですが、よくて2位止まりで、決して1位にはなれないタイプでした。日本の音楽大学の試験も受けなかったし、パリの音楽学校でも、先生によって大きく評価が分かれていたので、全員から満遍なく褒められることはありませんでした。1年目は、奇抜すぎるという理由で落第しましたし(笑)。映画音楽科のコースは、まず一年で資格を取り、次のステップに進むんですけど、私一人だけ落第するという。

映画音楽は、基本的にまず映像ありき、と私は思っています。そして映画のなかには、音楽を付ける必要のないシーンもあると考えています。無いに越したことはないんです。でも、パリの音楽学校の先生からは、そんなシーンにも楽理的に高度な音楽を付けるようにと言われることがあって、意見の対立がしばしばありました。

そんな経緯もあって、落第を告げられたときは学長室に乗り込んで抗議しました。学長は日本人女性がものすごい剣幕で抗議してきたことに大変驚いたと後から言っていましたけど(笑)、結局そのときは、私の主張は受け入れてもらえませんでした。それで私としては、あまりにも悔しかったので、あえて2年目も同じコースを専攻しました。

試験の仕方を変えるべき、映画音楽を学ぶ科なのだから、楽理的な披露ではなく、審査員のなかに映画関係者を入れるべきだと抗議したわけなんですけど、翌年から学長が映画監督や映画音楽の作曲家を審査員に加えてくださいました。そのおかげもあって、2年目は最高点で合格することができました。〈人間っていいな〉っていう、良い思い出です(笑)」

――映画音楽もたくさん手がけた武満徹は、「映像から音を削る」というエッセイに〈むしろ、私は、映画に音楽を付け加えるというより、映画から音を削るということの方を大事に考えている〉と書いています。世武さんのお話を聞いて、このことを思い出しました。

「そうなんですね。武満徹さんの映画音楽は大好きです。そして、その通りだと思います」

 

『Solo Piano』は人間の本質的な淋しさが伝わってくるアルバム

――ゴンザレスのお兄さんのクリストフ・ベックは、主にテレビや映画音楽の分野で活動している作曲家ですが、彼に興味はありますか?

「ゴンザレスのお兄さんが映画音楽の作曲家であることは、かなり後から知りましたが、いまも実はあまり興味ないです(笑)。映画音楽の作曲家では、私はクリフ・マルティネスが好き。ここ数年で公開された作品のなかだと、特に『ネオン・デーモン』(2016年)の音楽が好きです」

――世武さんが好きなクラシックの作曲家を何人か挙げてもらえますか?

「私はまずストラヴィンスキーが好きで、それとバッハ。私にとってこの2人は、もっとも重要な存在です。あとはスクリャービンも好きですね。ラフマニノフは作曲家として好きなわけではないんですけど、交響詩『死の島』だけは大好きです。あとはプーランクが好きです」

――世武さんは、『Solo Piano』を初めて聴いたとき、ゴンザレスのことをどのように捉えましたか?

「私はピアノ専門の演奏家ではないので、あくまでも個人的な観点ですけど、ゴンザレスのピアノには何か、宿っているものがありますよね。説明のできないもの。でも、あるかないか、すぐに判別のつくもの。

そもそも私は、基本的に作曲家が弾くピアノが好きなんです。そういう人は、誰の何の曲を弾いても、〈作曲家のピアノ〉を奏でている。私はゴンザレスのことを、そんな人だと思っています。あと『Solo Piano』を初めて聴いたときは、ゴンザレスが一人で孤独にピアノに向かっているというシルエットが浮かびました。人間の本質的な淋しさが伝わってくるアルバムだなと」