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僕にとってインド音楽はあくまで異国の地の音楽

――タブラやドーラクといったインドの伝統的なパーカッションの音色が印象的な一方で、例えば伝統音楽で多用される変拍子であるとか、インド独特の音階はあまり登場していませんよね。意識的にそうしたクリシェを避けたのでしょうか?

「露骨に、ストレートになりすぎないようにということは意識しました。僕にとってインド音楽はあくまで異国の地の音楽で、レコードから間接的に影響を受けたにすぎないので。これは前作と共通しているかもしれないです。前作でもアフリカ音楽から影響を受けてはいますが、現地のミュージシャンと一緒につくったような作品ではない。受け取った影響を客観的に捉えて、自分の感覚やヴィジョンとマッチする部分を作品に落とし込んだという感じです」

2016年作『Ceremonial』収録曲“Ceremony”

――他にも、シタールのような豊かな倍音を持つ弦楽器をあまり使っていませんよね。代わりに、ギターであるとか、あるいは”Resistance”や”Testimony”といった曲ではスティールパンが使われています。

「シタールみたいな典型的なインドの伝統楽器を避けたのも意図的なことです。あまりにストレートにインド的にならないように、自分に馴染みのある楽器を多用した結果、やっぱりギターとかに寄っていったんですよね。スティールパンを多く使っているのは、単純にインドのパーカッションと音色の部分で相性がよかったから。

一方で、スティールパンはカリビアンのイメージがあるので、あまりにいろんな音楽の要素をごちゃまぜにしすぎては不誠実と捉えられかねないという懸念もありました。自分にとって馴染みのあるストリングスやギターといった楽器とうまく組み合わせることで、さまざまなサウンドのうちのひとつとして聴かせることに努めました。

こうしたウワモノの選び方には、ロンドンに住んでいるということが少なからず関係しているんだろうと思います。ロンドンには音楽に限らずオープン・マインドな人が多いので。こっちに引っ越してきてから聴く音楽の幅も広がりました。例えばクラブに遊びにいくと、あるDJがいろんな音楽をかけてもそれを受け入れられるだけの度量がある。こうした音楽に対するオープンな気風が、少しずつ自分の音楽にも表れはじめているかなと思います」

 

MPCとキーボードだけでライヴをするという制限が、やるべきことにフォーカスさせてくれる

――これまでの作品から今作まで一貫して、ベースラインからウワモノのリフまで、メロディーの動きが素晴らしいと感じます。もちろん作品ごとにインスピレーション源やコンセプトは異なっていますが、Anchorsongとしての一貫したスタイルを感じられるのがメロディーだと思います。メロディーへのアプローチにこだわりがあれば、お聞きしたいです。

「僕自身、いろんな音楽を聴いて少しずつスタイルが変わってはいますが、芯の部分を残したうえで変わり続けて行きたいと思っています。その芯の部分にいちばん大きく関係しているのが、僕のライヴ・パフォーマンスだと思います。

僕は活動を始めた10年ぐらい前からいまに至るまで、コンピューターを使わずにMPCとキーボードだけでライヴをしているんですが、やっぱりこのスタイルってできることが限られている。少しずつループを組んでいくので、メロディーをミニマルなものに限定しないと演奏できないんです。この制限が、自分のやるべきことにフォーカスさせてくれる要素になっています。

リズムの部分ではいろいろな新しい音楽を聴いて自分のスタイルを広げていきながらも、メロディーはライヴのコンセプトにある程度沿って考えていくことで、必然的にミニマルになる。前の作品からそこが一貫しているように思えるのは、そこがいちばんの理由だと思います」

2017年のライヴ・セッション映像

――その場で楽曲を組み立てていくライヴ・パフォーマンスと普段の制作ではプロセスが異なると思うのですが、いかがでしょう?

「僕のライヴを見て即興だと思う人は少なくないんですけど、実はまったくといっていいほど即興ではなくて、どういうメロディーを弾いてとか、どういうビートを叩いてとか、そういうのは僕の頭の中で決まっているんですね。実際に曲を作っていった過程を集約したものを人前で見せる、というコンセプトなんです。

なので、自分が実際に曲を家で作っているときも、必ずしも最初からどうやって演奏するかを考えて作りはじめるわけではないんですけど、おそらくある程度無意識に根付いているものなので、曲を書いていて〈これは完全にライヴでやるのは無理だな〉と思った時点でボツにしちゃったりするんです。そう感じた段階で、自分の持っている芯から逸れすぎていると判断するというか。曲を作る過程そのものが、僕のライヴ・パフォーマンスの準備段階になっているわけです」

――今作から先行で配信されていた”Testimony”で特に感じたんですが、ダンサブルなトラックである一方で、いわゆるダンス・ミュージックのようにキックやベースといった低音を強調せず、パーカッションのグルーヴを聴かせるようなサウンドになっていますよね。メロディーに対して、こうしたリズムにはどのようにアプローチされているのでしょうか?

「僕は普段、コンテンポラリーなダンス・ミュージックをあまり聴かないんです。テクノとかハウスとかはめったに聴かなくて、普段はソウルやファンクを聴いているんです。それでも自分が音楽を作っている手段はエレクトロニックなものなので、コンテンポラリーな作品としては仕上げたいんですけれど、やっぱり普段からガチガチのダンス・ミュージックに興味がないぶん、身体を揺らせるような音楽を目指すにしても、低音でガツガツ攻めるような音楽にはならない。それよりは、ゆったり聴けるというか、強烈なベースやキックで攻めるのではなく、いろんな楽器が渾然一体としたような音楽がいちばん好みなんです。

だから、ローファイなインドのパーカッションに強烈なキックを4つ重ねてハウス・ミュージック的なものにすることもできるわけですけれど、そういうものよりは、パーカッションのフレーズにマッチするサウンドをひとつずつ重ねていって、最終的にそれぞれのサウンドが一体になるようなものを目指しました。その結果として、強烈なベースやキックが排除されていったんだと思います。

ライヴでやるときは、例えば”Testimony”のような曲はベースやキックがあまり入っていないので、あれをライヴでやろうとすると難しい。ライヴではキックやベースはお客さんの気持ちを盛り上げる要因になるので、そういったアレンジが必要になる曲もあります」

『Cohesion』収録曲“Testimony”