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インディペンデントで独自のシステムを組み上げることで、なんでもやれた

――わかりました。続いての質問です。今後の音楽シーンにはどんな展望をお持ちですか?

「展望ですか……20、30代の間はよくそういう文章を書いたりしましたが、来年からは40代に入るし、なるべくゴチャゴチャ言わないようにしたいと思っていて(笑)。オヤジがそういうことをうるさく語るのってイヤじゃないですか。そういうのは10代、20代の声が中心にあるべきなので。彼らのための未来だから。それを陰ながら支えつつ、昔はやれなかったことにチャレンジしていけないかなと。

僕も、自分なりに精一杯やってきました。例えば〈DIY STARS〉という配信システムを作ってみたり。どんな形式のデータ・ファイルでも売れて、自由に値付けできるんですね。だから1曲10万円で売ってもいいんです。『Stray Dogs』に入っている“DAVID BOWIE ON THE MOON”は、僕が2年前、右腕を骨折したときに、何もできないからといって家でくさっていてもしょうがないんで、左手だけで作曲した連作集を作って配信していた時期の作品です。そしたら、なかにはとんでもない額で買ってくれる人もいたりして。苦労して作った3枚組CDアルバムの『911FANTASIA』より収益が上がって、微妙な気持ちになってしまったという」

※2016年にリリースした〈LEFT HAND DIARIES〉。“DAVID BOWIE ON THE MOON”は、『LEFT HAND DIARIES vol.03』に収録されている

――不思議なこともあるもんだ(笑)。

「つまり創作物に対して対価を支払いたいと考えている人は、いまでも全然いるって話です。まあ、音楽ってお金の問題じゃないんだけど、自分たちのやってることに金銭的価値がないと思い込む必要はない。そのシステムはプログラマーの友人と作ったものなんですが、音楽不況と言われたこの20年は、そういう試みができた時代でもあったわけです。

ここから先はサブスクが主流になって、一か所に世界中のあらゆる音源がアーカイヴされるようになると思うけど、その状況に僕らは近年、初めて触れているわけで、ユーザーとしては便利だけど、気持ち的にまだそのすべてを呑み込めているわけではない。日本やアフリカみたいな辺境に住む人間の音楽が世界のメインストリームでバズる可能性もはらんでいるし、その点は素晴らしいんだけど、ただ、要領よく宣伝できない、誠実で口下手な、僕が見てきた多くのインディー・ミュージシャンたちにとっては、いまのままのシステムでは弱いかもしれない――回収率が低すぎる。みんなが希望を持って、より良い状況で作り続けるために、改善のポイントがまだまだたくさんあると思う。……まあ、結局こうやってオヤジがヤイヤイ言っちゃってるわけですが……。でもね、ずっと必死でしたから」

――道を切り拓いていかねば、という思いに突き動かされていたから?

「そうですね。苦しむ人間をたくさん見てきたし。ネット以前は、音楽界を駆動する中心が明確にあって、できなかったことがいっぱいあった。でもオンライン上の工夫で福島の6歳の男の子と一緒に曲を作って即日リリースすることも可能になった。90年代、メジャーにいた頃の僕が、そんなことをレコード会社の人に提案してみたって、〈いいよ〉ってなるわけないじゃないですか。仮に現場のスタッフが熱い人だったとしても、その人の一存ですべてを決められるわけではないし。

でも、インディペンデントで独自のシステムを組み上げることで、なんでもやれた。いろんなことをやりました。お金にならないようなことだって、意義のあることであれば、自分たちの裁量で実現できたんです」

※2012年のリリースした楽曲“スキー”

――やる気さえあれば何だって実現できるということも知った20年だった。

「90年代までと違って、いまは誰でも自由に発信できるようになった。YouTubeを見れば、とても小さな国のベビーシッターが赤ん坊に歌いかける子守唄まで聴くことができる。そこで彼女が自分の才能に気づいたら、サブスクなんかを経由してあっという間に世界のメインストリームにたどり着くかもしれない。とてもおもしろい時代です。

ただ自分はレコード、CD世代でもあるので、フィジカルへの愛着は捨て去ることができない。だから今回のアルバムもCD版に関しては、一曲ごとのストーリーに対応するイラストをつけて、絵本仕様のブックレットにしました。岡田喜之さんというイラストレーターが描いてくれて。過去最高に気に入ってるジャケットかもしれないですね。手紙というか、セルフライナーも入れましたし、全体的に個人的な贈りもの、プレゼントみたいな感覚がある今作に関して、いちばん作品の本質を伝えられるのは、CD版だと思います。先にデータで聴く方も、あとでぜひパッケージを手に取ってもらえたらうれしいな」