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 早起きを厭わない唯一のモチベーションが午前6時台のウルトラマン・シリーズの再放送だった僕の少年時代は、毎年の「ゴジラ」最新作を映画館で観る幸福には恵まれなかった。ゴジラが地球を守るアイドルとなってから凶悪な破壊者へと引き戻されるまでの9年間に、テレビなどでゴジラ映画を知り、ポケットサイズの図鑑を片手に誰がゴジラ博士になれるのかを競った世代。もちろん、他の怪獣との対決戦績はすべて頭に入っていた。1984年、9年ぶりに製作されたゴジラはそれまでの世界観をリセットされ、悪者(ヒール)に返り咲いた。その後の〈平成シリーズ〉と呼ばれる一連の作品までが、僕にとってのゴジラ体験の中核を成している。この〈平成ゴジラ〉(ちなみにもうひとつの連作は〈ミレニアム・ゴジラ〉と呼ばれる2000年以降の作品たち) の最終作が、「ゴジラ対デストロイア」という、ゴジラが自身の核融合に耐えかねてメルトダウンしてゆく作品で、伊福部昭によるゴジラ映画のサウンド・トラックはこの映画が最後となっている、のみならず、伊福部昭が音楽を書いた最後の映画にもなったのだ。対戦する怪獣の〈デストロイア〉というネーミングは、1954年版の最初の「ゴジラ」に登場する芹沢大助博士が開発した〈オキシジェン・デストロイヤー〉という兵器に由来している。伊福部昭は、途中手がけていない作品はあるものの、30年以上の時を経て、ゴジラの誕生から死までを見届けたことになる。

95年公開の映画「ゴジラ対デストロイア」予告編

 誕生から60周年を記念してリマスターされた「ゴジラ」作品群。1954年版「ゴジラ」を観ると、この映画が公開された当時劇場の観衆の感動がどのようなものだったのか、ということが想像に難くない。新鮮になったのは画質のみではなく、サウンド・トラックのバランスと解像度が格段に良くなっているからだ。そこで際立つのは、やはり伊福部昭の音楽が、どれほどゴジラを大きく、恐く見せることに効果をあげているか、ということだ。冒頭に掲げた本人の談話からも、また先述のように、放射能による体調変化を経験していたことからも、並々ならぬ共感とともに臨んだことが推察される。

 これに先駆ける1952年、伊福部昭は、新藤兼人監督の「原爆の子」にも音楽を書いている。新藤兼人はその監督作品、脚本執筆作品の多くで伊福部昭に音楽を依頼しているが、近代映画協会という自身が立ち上げた独立プロの最初の自主製作作品で故郷広島の悲劇を扱った。伊福部昭は、原爆の凶暴さをむしろ引き立たせる静けさや、人類の過ちへの不条理な哀しみ、死者への祈りを抑えた調子で表現した。この映画の中に使われている女声合唱と、1954年版「ゴジラ」のラストシーンへ向ける女性コーラスの表現は、核エネルギーへの疑問を投げかける、まったく異なるふたつの映画の根底にある相似点を想起させてくれる。

 人類との共感度合いに違いこそ見られるけれど、時折顧みられる「人々がその力を我がものとし得ない科学技術の暴発」という根源的なテーマがある限り、「ゴジラ」映画はつねにその時代への提言を含んでいる。誕生から60年たった今日までのゴジラ作品を振り返ってみると、おのずとその時代の世相や不安や、熱狂的な集団心理が透視できるのだ。その精神は、もうすぐ公開となるギャレス・エドワーズ監督による新ハリウッド版「ゴジラ」にも継承されている。

 「ゴジラ」の音楽があまりにもその後の特撮映画の音楽スタイルを確立してしまったために、伊福部昭が書いた演奏会用純粋音楽の評価は、今後さらに更新される余地がまだまだあると見て良い。伊福部昭がその作品を世に問うていた20世紀半ばは、前衛的な現代音楽と美術がもっともその価値を確立した時代だった。知識と頭脳による情報の交通整理と関連づけがたしなみとして悦ばれた現代音楽の世界に、「筋肉のある音楽」を書き続けた伊福部昭にとっては不遇な時代があった。

「ゴジラ(昭和29年作品)」
1954 TOHO CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

 「律動というのは人間の筋肉に作用するというか、緊張感を呼ぶんですね。和声というものは思索と関連する。何か考え込ませるには和声が必要となります。旋律は情緒、叙情を表す。(中略) 相手をその気にさせるときは旋律がいい。音にはこの3つがあるんですね。」
(「伊福部昭語る—伊福部昭 映画音楽回顧録—」 伊福部昭 述 小林淳 編 ワイズ出版 より引用)

 日本古来の旋律と律動による音楽を追求した伊福部昭の作品が、その真価をほんとうの意味で理解されるのは、これからのことだとも感じる。ゴジラがリマスターされ、その新しさを失わないように、伊福部昭の作品群も今後ますますその生命力を誇ってゆくだろう。

 「まだお前でないところのお前。これに向かって語りかけること。そこに芸術の行く先があるはずです。ですから、音楽でもってわれわれの中にあるものを全部ぶつけていけば、日本人にも外国人にも訴えかけられる、そういう曲が書けるはずだと思っています。」
(「伊福部昭の音楽史」 木部与巴仁 著 春秋社 より引用)

 

伊福部昭(いふくべ・あきら)[1914-2006]
日本を代表する作曲家。北海道釧路町(現釧路市)に生まれ幼少からアイヌの文化に接し、その体験が作曲家としての人生に大きな影響を与える。1934年、早坂文雄らと新音楽連盟を結成。翌35年には“日本狂詩曲”でチェレプニン賞を受賞し世界的評価を得る。1946年から1953年まで東京音楽学校(現東京芸大)で作曲科講師を勤め、芥川也寸志、黛敏郎ら多くの作曲家を育てた。代表作に“交響譚詩”“土俗的三連画”。そして「ゴジラ」や「座頭市」、「銀嶺の果て」など映画音楽も多く手がけ、独自の作風を確立していった。享年92で亡くなった2006年以降も関連した多くの演奏会が開かれ、生誕100周年を迎える今年は、記念コンサートの他数多くのCDもリリースされる。

寄稿者プロフィール
鈴木大介(すずき・だいすけ)
武満徹から「今までに聴いたことがないようなギタリスト」と評された。マリア・カナルス国際コンクール第3位、アレッサンドリア市国際ギター・コンクール優勝など数々のコンクールで受賞。斬新なレパートリーと新鮮な解釈によるアルバム制作は高い評価を受け、『カタロニア讃歌~鳥の歌/禁じられた遊び~』は平成17年度芸術祭優秀賞を受賞。ほか、同年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第10回出光音楽賞受賞。洗足学園音楽大学客員教授。横浜生まれ。

 


MOVIE INFORMATION
映画「Godzilla」

監督:ギャレス・エドワーズ
音楽:アレキサンドル・デスプラ
出演:アーロン・テイラー=ジョンソン/渡辺謙/エリザベス・オルセン/ジュリエット・ピノシュ/サリー・ホーキンス
配給:東宝(2014年 アメリカ)
2014年7月25日(金)より全国公開! 2D/3D(字幕スーパー版/日本語吹替版)

 

RELEASE INFORMATION
▼伊福部昭生誕100年記念リリース!

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▼ゴジラ【60周年記念版】DVD & Blu-ray ゴジラシリーズ全29タイトル!
詳細は、http://toho-a-park.com/godzilla-60th/

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発売・販売元:東宝
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