カヴァーをすることは自身のスタイルを表現する楽しい方法

「誰もが知っているような有名な曲だからこそ、自分たちの色を打ち出すことが大切。他のアーティストの曲をカヴァーするのは、自分たちのスタイルを表現する楽しい方法だと思う」

そう語るイナラは、偶然にもヴァン・ヘイレンの結成年と同じ74年生まれ。ヴァン・ヘイレンが初の全米1位を獲得したシングル“Jump”が収録された『1984』がリリースされた当時、彼女もグレッグもティーンエイジャー(イナラは10歳、グレッグは15歳)だったのもあり、多感な時期に強烈なインパクトを与えた存在だったに違いない。

「次はどのアーティストを取り上げるかアイデアを出し合ったりしながら、ヴァン・ヘイレンに辿り着くまでに数年はかかったと思う。最終的にどんなふうに決めたのか、実のところあまり覚えてはいないけれど、決めてからは全力投球したわ」

ヴァン・ヘイレンと聞くと、私たちは派手なパフォーマンスだったり、攻撃的なギター・プレイだったりと、過激なイメージを抱きがちだが、楽曲を再解釈しカヴァーすることで、そのエッセンシャルな魅力を紐解くことができたとイナラは語る。

「80年代の当時のイメージはもっともっと激しくて、強烈だった。カヴァーしてみて、そのイメージはすごくパーソナルなもので繊細なイメージへと変化したわ。それにとてもユーモアがあるってことにも気づくことができたの」

今作では、エドワード・ヴァン・ヘイレンのギター・リフを鍵盤に置き換えるなど、グレッグならではのウィットに富んだアレンジが至る所で発揮されている。特に印象的だったのは“Jump”のイントロだ。オリジナル版のシンセサイザーのサウンドを鍵盤やギターなどの楽器でなく、イナラの声による多重コーラスで再現しているのは斬新だった。

「グレッグは本当にどんな楽器も弾きこなせる卓越したプレイヤーなの。エドワード・ヴァン・ヘイレンのあのギター・プレイをどんなふうに再現するか、チャレンジすることに意欲を燃やしていたし、何より愉しんでいたと思う」

一方、イナラはヴォーカリストとしてヴァン・ヘイレンのデヴィッド・リー・ロスのショウマンシップ、ロックンロールの象徴というべき振舞いに大きく影響を受けてきた。今作のラストに収録された“Diamon Dave”はバード・アンド・ザ・ビーのセカンド・アルバム『Ray Guns Are Not Just The Future』(2009年)に収録された楽曲のセルフ・カヴァーで、イナラがデヴィッド・リー・ロスにオマージュを捧げたもの。

「もしヴァン・ヘイレンのメンバーになれるとしたら誰を選ぶ?」という問いに「〈Diamond Dave〉ことデヴィッドを選ぶ」と答えてくれた彼女は、今作でより一層、ヴォーカリストとして意識したことを教えてくれた。

「ヴォーカルのレコーディングには、デヴィッドの持ち味やスタイルに敬意を払い、それを聴き手に感じてもらえるようなものになるように心がけながら臨んだの。ソロとバード・アンド・ザ・ビー、それぞれのプロジェクトで自分の歌い方に変化をつけているけれど、今作ではデヴィッドを意識してほんの少しだけパンク・ロックの要素を加えているわ」

 

ベックやオマー・ハキムら親交の深い豪華ゲスト陣も尽力

常にオリジナルを意識しながらも、バード・アンド・ザ・ビーらしさを打ち出すために苦労も多かったと、イナラはレコーディングのプロセスを振り返る。

「アルバム全体をどんなものにしたいのか、それがはっきりイメージできるようになったのは“Runin’ With The Devil”の制作後だった。コード・ヴォイシング(和音の配置)を自由にしたり、使用する楽器もオリジナルとは違うものを選んだり。あの曲のおかげでどうアプローチするべきか方向性を確立することができたの。グレッグと私はそれをテンプレートにして、他の収録曲のレコーディングに取り掛かった。

いちばん大変だったのは“Unchained”もしくは“Hot For Teacher”ね。オリジナル楽曲の印象がとても強いから、その魅力を損ねないようにするためにはどうすればいいのか、ふたりで慎重に考えながらレコーディングに取り組んだわ」

イナラとグレッグのふたりからヴァン・ヘイレンへの情熱的なラヴレター――そんなニュアンスを持つ今作だが、それをより魅力的なものにしているゲスト・ミュージシャンたちの存在も忘れてはならない。

イナラのレーベル〈Release Me〉からソロ・アルバム『2% MILK』をリリースし、その来日公演でも素晴らしい演奏を披露したアレックス・リリー。“Hot For Teacher”で艶めかしいナレーションを担当したベック、ウェザー・リポートのドラマーであり、ナイル・ロジャースの紹介でデヴィッド・ボウイの“Let’s Dance”に参加した経歴を持つドラマーのオマー・ハキムなど、今作の豪華なゲスト陣からふたりの人脈の広さを垣間見ることができる。

「ゲスト・ミュージシャンたちとのレコーディングはとても有意義なものだったわ。ベックはとにかく素晴らしいミュージシャンよね。それに、アレックス・リリー、彼女とのレコーディングはいつでも最高! “Hot For Teacher”で素晴らしいドラム・パートを提供してくれたオマー・ハキム、彼のパートはNYでレコーディングすることになったから録音には立ち会えなかったけれど、本当に素晴らしい演奏で感銘を受けたわ」

リリースされたばかりで時期尚早ではあるが、シリーズの第三弾はあるのだろうか。

「まだいつになるかは見当もつかないけれど、絶対にまたやりたいと思ってる。でも、まずはそうね、新しいオリジナル・アルバムをまずリリースするのが先ね」

ソロにユニットにと常に精力的に音楽に取り組むイナラだが、自身の活動の傍ら〈Release Me〉の運営にも全力で取り組んでいる。同レーベルからは今作にも参加したシンガー、サマンサ・シドニーのファースト・アルバムのリリースも控えているとのこと。つい先日には、TVショウでフー・ファイターズのデイヴ・グロールと共に本作収録曲“Ain't Talkin' 'Bout Love”を披露していたが、バード・アンド・ザ・ビーとしての来日は2007年が最後。長い年月が経ってしまったので、アルバムを引っ提げた来日公演にも期待をしながら、これからの活動にも注目したい。

デイヴ・グロールを招いて演奏した“Ain't Talkin' 'Bout Love”

 


PROFILE:多屋澄礼(Girlside/Violet And Claire)
ファッション&音楽ライター。1985年生まれ。レコード屋での経験を生かし、女性ミュージシャン、アーティスト、女優などにフォーカスし、翻訳、ライティング、diskunionでの〈Girlside〉プロジェクトを手がけている。翻訳監修に「ルーキー・イヤーブック」シリーズ。著書に「フィメール・コンプレックス」「インディ・ポップ・レッスン」「New Kyoto」。8月15日(木)〜9月1日(日)には代官山蔦屋書店にて〈Girlside〉のPOP UP SHOPを展開。
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