居場所を探して

 前作『The Blue Hour』のリリース時にキセルが細野晴臣のラジオ番組〈Daisy Holiday!〉に出演した際、細野に「8枚目のアルバムで、もう19年くらいやってます」と伝えると、「ぜんぜん貫禄出ないね」と言われたそうだが、それが細野ならではの最高の褒め言葉であることは容易にわかる。〈成熟〉や〈貫禄〉といった重石を不用意に纏うことなく、自分たちの音楽を貫いてきたキセルに対して、never young beachの安部勇磨ら若い世代のミュージシャンも惜しみないリスペクトを捧げている。

 「安部くん、最初にはっぴいえんどのトリビュート(2002年の『HAPPY END PARADE~tribute to はっぴいえんど~』)で、僕らが主にラジカセを使って録った“しんしんしん”を聴いて〈音がモコモコすぎてびっくりした〉って言ってて」(豪文)。

 「〈カセットデッキが壊れたかと思った〉って言ってたね(笑)」(友晴)。

 「うちらのは狙ったローファイではなく、ただのローファイだったんですが(笑)。でも、自分もそうなんですけど、誰かの〈こんなんでもありかも〉って感じに背中を押されることもあるなと思っていて。おもしろいものって、そういうズレてるかもしれないけどなんか一生懸命みたいなところから出てくる気がして。難しいですけど。でも、そういう試行錯誤だったところを安部くんが聴いてくれてて、ツーマンのライヴ(2016年9月30日、渋谷WWWX)に呼んでもらえたりしたというのはありがたいですね」(豪文)。

 そして迎える3度目の日比谷野音ワンマン。彼ら自身も意外だと受け止めていたが、実はカクバリズム所属のアーティストで、3回目の野音は最多の記録だ。2013年、2015年とそれぞれの名場面がDVDとしても残されている。20周年のご褒美というタイミングはあるとしても、ある意味、KAKUBARHYTHMのベーシックにある、〈音楽と共にある日々〉という感覚をもっとも体現しているバンドはキセルなんじゃないかと思える。そう伝えると、兄弟揃って「えー! そうですか?」と声を上げた。

 「KAKUBARHYTHMの標語?になってる〈衣・食・住・音〉ってほんまハードル高いなって思うんですけど、レーベル内にある〈音〉のうちの何かしらの部分を賄えてたらいいなとは思ってます。うちらは途中からレーベルに入ってきたし、最初は異質だと感じてたところもあって。YOUR SONG IS GOODにしてもSAKEROCKにしても、KAKUBARHYTHMのバンドはライヴを盛り上げるのもうまいし、わ~大丈夫かなぁって思ってたんです。でも、こうして続けてこられたのは足りないからこそ譲れないとこもあるし、そうやって自分らの居場所を探してきたからというか。そこはお客さんとの関係性とも似てるんですが」(豪文)。

 「居場所があって良かったなあ(笑)」(友晴)。

 「なんで角張(渉、レーベル代表)くんがうちらをKAKUBARHYTHMに呼んでくれたかとか考えるとおもしろいなと思うんです。キセルが角張くんの〈好きなもの〉の範囲内に入ってたからなんですけど、そのキャパの広さが独特やなって。あとは、良くも悪くもキセルが兄弟やからって部分は、歩みは遅いかもしれないけど長く続けられてる理由な気がしますね。いろいろ運が良かったとも思ってます。迷惑かけてるところも多いですけど(笑)」(豪文)。

 アルバムごとのスパンは空いても、キセルの歩みは20年の間で止まったことはない。ちゃんと悩んで、ちゃんと自分たちと向き合い、〈今この音を鳴らす理由〉を考えてきた。そのことの確かな証明がこのベスト盤には、はっきりとある。

 そういえば2010年リリースの6作目『凪』には、友晴作の“見上げる亀”というインストが入っていた。歩みはゆったりでも、視線はその先の空を見上げている。もしかしたら彼が最初に出したという〈渋い〉リストには、その曲が入っていたのかもしれない。

キセルの近作。