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新作『A Bath Full Of Ecstasy』を語りまくる

HOT CHIP A Bath Full Of Ecstasy Domino/BEAT(2019)

――そんななか無事に新作の『A Bath Full Of Ecstasy』が届けられたわけですけど、これは起死回生のホームランとなった?

「いや、でもいきなり好きにはならなかったです。最初は〈なんじゃこりゃ〉と(笑)。シンセもバキバキ鳴っていてドラムもやたら強調されていて、エコー感も強いし。1曲目の“Melody Of Love”はいまだにあんまり好きじゃないですね。アレンジもそうだし、曲自体も優等生すぎるというか。ホット・チップってアルバムの1曲目は毎回〈いきり〉の曲を置くんですよね。力強くてアップリフティングなリズムの曲を」

2019年作『A Bath Full Of Ecstasy』収録曲“Melody Of Love”
 

――アルバムを聴き進めていくうちにだんだん好印象になったんですか?

「そうですね。”Hungry Child“は〈フェイドアウトかよ〉とか突っ込みどころもなくはないんですけど(笑)、間違いなく前作や前々作より進歩しています。“Spell”の長い長いジャムのアウトロなんかはサウンドとメロディーのミックスがめちゃめちゃ快楽的で癖になりますし、“Echo”のキメフレーズとバウンス・ビートもキャッチーで楽しいですよね。

アルバム後半の口開け“Positive”のサビでのジョーとアレクシスの掛け合いは〈これぞホット・チップだろ〉って感じで最高です。ジョーの〈アーウ~~~~〉ってハーモニーが可愛すぎて、最高としか言いようがないですね。そこから続く“Why Does My Mind”、“Clear Blue Skies”、“No God”までの終盤3曲は、メドレーというか、まとめて1曲と言えるほどサウンドと歌詞に流麗な展開があって感動しました。先に挙げた“Let Me Be Him”の高揚感のその先を描いている感じがあります。

自分の内面で起こっている戸惑い。自分は埃の夢のようなちっぽけな存在で宇宙に浮かんでいて、青空に落ちていく。落ちた先、地上には神も光も虚無も夢も意味を成さず、ただ君と夢中になってくるくる回っている、と。そういうだいぶ悟りを開いたような展開でして、青空を眺めながら聴き、歌詞の意味を考えていたらマジで泣きそうになりました……! これは国内盤のライナーにも書いたんですけど、“Clear Blue Skies”の歌詞に出てくる〈埃の夢〉という言葉は、まさにホット・チップというバンドの美しさを表していると思うんです」

2019年作『A Bath Full Of Ecstasy』収録曲“Clear Blue Skies”
 

――さすが日本一のホット・チップ狂……。読み解きますねー。

「6曲目の“Positive”からは天国みたいな展開ですが、今回のアルバムで僕が特に感動したのは、7曲目の“Why Does My Mind”と8曲目の“Clear Blue Skies”の繋ぎ。アレクシス自身、この2曲はセルフ・プロデュースだと言っていたんです。ただクレジットを見ると“Clear Blue Skies”はフィリップ・ズダールのプロデュースなんですけど(笑)。

それでもアレクシスの発言がなんとなく納得できるのは、この2曲ってすごくバンド初期の頃を思い出すんですよ。僕が今作のライナーで〈どこまでループしていくのかわからないあくびのような間合い。キュートな生楽器。これこそまさにホット・チップ印である〉と書いたのは、“Why Does My Mind”の打楽器とかミキシングの柔らかさ、“Clear Blue Skies”で鳴っているグロッケンの音が念頭にあったんです。

グロッケンの音ってこの人たちはファースト・アルバム『Coming On Strong』(2004年)の頃に印象的に使っていたんです。それもあってすごく感動しました。あの頃の感じをまたちょっと思い出して使ったというよりは、自然にその音を出してきた印象で。歌詞だけでなく、サウンドにもなんかナイーヴさが出ているなと思ったんですよね。特に初期のホット・チップはナイーヴさと繊細さがなによりも魅力でした。そのニュアンスが今回のアルバム終盤にはあると思います」

2004年作『Coming On Strong』収録曲“One One One”
 

――ちなみに前半部分で、ノリきれなかったポイントは?

「まあ、今回一聴していきなり〈いい!〉となれなかったのは、アルバムの最初にシンセがバキバキに鳴っていたり、リズム・トラックがやたら前面に押し出されたりしているところですね。そこでクレジットを確認すると〈プロデューサー:フィリップ・ズダール〉、あー……って」

――ズダールはアタック感の強いサウンドが特徴ですもんね。

「まぁ外部のプロデューサーを入れたってことは、〈この人たちも変わりたかったんだな〉と思いました。やっぱり前作でどんづまりにはなったんだろうなって。タイトルに〈Why〉って入っちゃってましたからね」

――新しい血を入れるタイミングではあったと。

「アレクシス自身もそれは言ってましたね。〈自分たちだけの力ではなくやろうとした〉って。シンセをこれまでよりも使ったのは意識的だったみたいです。そうだ、あと最初に僕が気になったのは、とくに前半でアレクシスの声ばかり聴こえるところだったんです。それまでだったらジョーやほかのメンバーがハーモニーをつけていたのに、アレクシスの声がやたら多重録音で入っている。

今回のアルバム、僕があんまり前半にハマれていないのは、それが理由のひとつでもあります。だってブライアン・ウィルソンが1人で声を重ねて、ほかのメンバーの声が聴こえないとなるとビーチ・ボーイズじゃないですよね? アルバムの途中からジョーの声も聴こえてきて、そっから〈これこそホット・チップだよな〉と」

――ちなみにプロデューサーはもうひとり参加しています。XXやサンファなどの作品を手掛けてきたロディ・マクドナルド。彼の貢献も感じますか?

「アレックスは〈ズダールは曲を延ばす方向でジャムっぽくなったけど、ロディは曲をがんがん縮めていった〉と言っていました。なので彼はキャッチーさを強める方向だったんでしょうね。XXは確か同じ大学の後輩なんですよね。ゆえに起用も納得できるし、ロンドンならではの人選という気がします。しかしまぁ、ホット・チップもこれまでよくセルフでやってきたなぁと思いますよ。初の外部プロデューサー云々というより、むしろ〈ずっと自分たちだけでやってきてたんだ!〉ということが驚きじゃないですか?」