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カインドネスが担った2010年代の〈ムード〉

Kindness――優しさ、いたわり。

いまにして思えば、そうした抽象的なニュアンスのネーミングも見事だったのだろう。カインドネスを名乗るアダム・ベインブリッジは確実に2010年代のある〈ムード〉を担ってきたミュージシャンだ。チルウェイヴ以降の音響を踏まえた上で、ディスコやハウスのダンス・フィールをユルいグルーヴで捉えたファースト・アルバム『World, You Need A Change Of Mind』(2012年)。一転してビートを減らし、ジャズやソウルを基調とする生演奏のスムースさで聴かせたセカンド『Otherness』(2014年)。柔らかく、少しばかりアンニュイで、そして優しい――そうしたデリケートな〈ムード〉は、彼のプロジェクトに広がりを与えていく。

2012年作『World, You Need A Change Of Mind』収録曲“Gee Up”

 

プロデューサーとして関わった重要作の数々

『Something Like A War』はカインドネスとしては約5年ぶりとなる新作だが、その間むしろソングライターやプロデューサーとしての活躍で彼を見てきたひとは多いだろう。何しろ近年高く評価された作品にいくつも参加しているからだ。

ブラッド・オレンジの『Cupid Deluxe』(2013年)の共同プロデュースやライティングを皮切りに、ソランジュの『A Seat At The Table』(2016年)には5曲で共同プロデュース、エディット、共同作曲、ギターなどで名前を連ねている。傑作揃いだった2016年のなかでもとりわけ高く評価された同作にベインブリッジが参加した意味は大きかった。オルタナティヴR&Bと呼ばれた、アンビエントのタッチを前提とした新しい音響を追求するR&Bのシーンにおける重要なひとりとしての立ち位置を、ベインブリッジはここで確立することとなったのだ。

ソランジュの2016年作『A Seat At The Table』収録曲“Don't You Wait”

その後も同じくブラッド・オレンジの『Freetown Sound』(2018年)やロビン『Honey』(2018年)といった、ポップでありながらオルタナティヴな実験精神を持つ作品に共同プロデュースやヴォーカルで関わっている。個性のあるアーティストとあくまでミュージシャンシップで繋がろうとするベインブリッジの姿勢は、音楽家としての彼の幅を広げることになったに違いない。

また、カインドネスはもちろんグリズリー・ベアや王舟のミュージック・ビデオを監督・監修したり、ソランジュとの繋がりで彼女がキュレーターを務めたカルバン・クラインのキャンペーンでモデルとして登場したりと、その多彩ぶりを発揮しているのもトピックだ。そのように土地性やフィールドに囚われない感性もまた、じつに現代的だ。

アダム・ベインブリッジが監督した王舟“ディスコブラジル”のミュージック・ビデオ