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 「沖縄とは最初、縁もゆかりもありませんでした。1993年のある日、祖堅さんから電話で頼まれ、1994年に沖縄での演奏会を指揮したのが最初です。桐朋学園での高校生時代は先生と生徒、N響ではトランペットセクションの柱と研究員の関係でした。祖堅先生いわく〈沖縄県立芸大は新設校で日が浅いけれども、ようやく卒業生を出してアンサンブルを組めるようになったから指揮をしてほしい〉とのこと。その年に1週間、翌年にもう1週間…と指揮をするなか、初めてゆっくり話す機会が持てました。〈県立芸大を卒業しても、プロの演奏家として活動できる土壌がまだない〉といい〈どんな小編成でもいいから、プロのオーケストラがほしい〉と願いながら数年をかけ、琉球交響楽団につながる構想を固めていきました。沖縄は元々、伝統的に芸能が盛んな土地柄です。アマチュアオーケストラにも長い活動歴があって、以前私も指揮したことが有りますが、水準もかなり高かったと記憶しています。唯一、専門教育を受けたプロ奏者のグループがなかったのです。県立芸大の卒業生をはじめとする沖縄出身&在住の演奏家、ゆかりの奏者を集めて琉球交響楽団が発足したのは、画期的な出来事でした」

 「15年ぶりの新譜に収め、東京公演で演奏する全6楽章の交響曲《沖縄交響歳時記》の作曲者、萩森英明さんとも長いお付き合いです。東京藝術大学音楽学部作曲科を卒業された直後から『題名のない音楽会』(テレビ朝日)や『ビルボード・クラシック』、アニメーション音楽などの作・編曲者として多くの経験を積まれています。制作現場をご一緒する機会が多く、かなりしっかりしたスコアを書き、良い感性を持つ人だという印象を持ってきました。過去にも琉球響、群馬交響楽団、東京交響楽団などで萩原さんの作品を演奏、今回が4作目の委嘱になります。2005年4月にリリースしたファーストアルバム『琉球交響楽団』には沖縄の良く知られた民謡、わらべ歌、ヒット曲など短めでポピュラーな作品を長山善洋さんの編曲で収めました」

 「琉球響は小さなオーケストラですが、機能的には何でも演奏できるだけの態勢が整っています。音楽監督としての1つのコンセプトは『新作を継続して紹介する』ことです。沖縄のお客様に感動していただける新作を生み続けていくこと、が楽団のあり方の基本にあります。2作目のCDでも過去無数に存在するベートーヴェンやブラームスを避け、萩森さんの新作としたのは〈我々でなければ演奏できない音楽〉にこだわったからです。もちろん〈ならば作曲家も沖縄出身で〉との思いが、楽員にあるのは知っていました。しかし見方を変えれば、異質な者どうしが力を合わせたときにしか生まれない世界の広がりとパワーの強さに私は魅力を感じます。敢えて沖縄と無縁だった萩森さんを選び、現地視察旅行もしていただいた上で沖縄の素材を使い、作曲してもらうのは賭けでしたが、幸いにも素晴らしい曲に仕上がっています。この『沖縄交響歳時記』を携えて東京公演を行い、中学生時代から面識のある辻井伸行さんがピアノ協奏曲(ラフマニノフの第2番)の独奏だけでなく、ソロの自作《沖縄の風》(琉球響の委嘱新作)初演も引き受けてくださるのは嬉しくもあり、素晴らしいことでもあります」