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得意なこと、好きなこと

 周囲の期待に応えようとしたり、気にしないふりをしているうちに、心が引き裂かれるような思いに捉われる姿を描いたバラード“infection”、ピアノと歌が織り成すクラシカルなメロディーに乗せて〈夢が醒めない事を/きっと攻め続けたのだろう〉と歌う“everyhome”など、キャリアを重ねるごとにみずからの音楽世界を深化させ続けてきた彼女。理論やマーケティングとはもっとも遠い場所で紡ぎ出される楽曲を時系列で追体験できることが、本作の最大の魅力だ。また、彼女の歌を支えるプロデューサー/アレンジャーも羽毛田丈史、小林武史、鈴木正人、坂本昌之ら日本の音楽界を代表する才能ばかりで、その優れた仕事にもぜひ注目したい。

 「曲はいつも鍵盤の前に正座して作っていて。色を思い浮かべながら作ることが多いので、手の爪の色も合わせてますね。本当にすべてが感覚なので、〈どんなテーマで作ったんですか?〉と訊かれても答えられないし、歌詞を紐解こうとしても、自分ではよくわからないんですよ。デビューした当初は、1日に5曲くらい出来ることもありました。よく〈曲が降りてくるようだ〉と言われたましたけど、いま考えてみると自分で降ろしていたんでしょうね、イタコのように。アレンジャーやプロデューサーに関しては、そのときのスタッフにお任せしています。結果的に私は一流の方としか一緒にやっていないので、とても恵まれているなと思います」。

 シンガー・ソングライターとしての自分の在り方に対しては、「作詞/作曲は得意なことで、歌は好きなこと」と分析。また、自身の声質に関しても、かなり客観的に捉えているという。

 「喜怒哀楽は激しいですけど、自分のことを俯瞰することもできると思っていて。私の声は倍音が多いタイプで、それを活かす曲作りをずっと続けているのかなと。それも頭で考えているわけではなくて、すべて勘でやってることですけどね」。

 一貫した作風を貫いているようにも感じるが、実は時期によって少しずつ音楽の方向性は変化している。転機になったのは、サード・アルバム『Sugar High』(2002年)だとか。

 「ファースト(『インソムニア』)、セカンド(『This Arm­or』)がヒットした後、〈もっと温度が低いアルバムを作ってみては?〉とディレクターに言われて。初めてマニアックなことができたし、〈こういう自分もいるんだ〉と気付けたんですよね。売り上げは下がりましたが、そんなことは気にしないので。自分には負けたくないですが、野心はないんですよ」。