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©BIF Bruce Limited 2019

 本作はイギリスのジャーナリスト、サルフラズ・マンズールの回顧録「Greetings from Bury Park: Race, Religion and Rock N’Roll」をもとに映画化したもの。スプリングスティーンのファースト・アルバム『Greetings From Asbury Park, New Jarsey(アズベリー・パークからの挨拶)』をもじったタイトルからスプリングスティーンへのリスペクトが伝わってくる(〈Bury Park〉はルートンの地区名)。学校でも家庭でも息苦しい日々を送っていたジャベドは、何の期待もせずに聴いたスプリングスティーンの歌を聴いて雷に打たれたような衝撃を受ける。なにより彼に影響を与えたのは歌詞だった。ジャベドがスプリングスティーンを聴くシーンでは、歌詞が様々な演出でスクリーンに浮かび上がる。〈言葉〉に対する情熱に火がついたジェベドは、学校の新聞にスプリングスティーンに関する記事を投稿。さらに同じように社会問題に興味を持ち、反骨精神のかたまりみたいな同級生の女の子、イライザと恋に落ちたりと、スプリングスティーンという強力なエンジンを搭載してジャベドは青春街道を突っ走る。

 87年のポップス・シーンといえば華やかなMTV全盛期。スプリングスティーンはすでにアメリカン・ロックのヒーローだったが、ティーンエイジャーにとっては「オジサン」であり、映画のなかでスプリングスティーン愛を語るジャベドにクラスメイトが「スプリングスティーンなんて親が聴く音楽だろ」と言われてしまうのも頷ける。しかし、ジャベドはプリングスティーンのように袖を切り落としたジージャンを着たり、放送室に忍び込んでスプリングスティーンのレコードを校内放送で流したりと大興奮。自分にとって本当に大切なものに出会ったティーンエイジャーの喜びと情熱を、グリンダ・チャーダ監督はいきいきと描き出す。そこに親子の葛藤や人種問題を交えて重層的に物語を語っているところは、監督の「ベッカムに恋して」(2002年)を思わせたりも。照れくさくなるほど真っ正面から青春を描いた演出は、80年代の学園映画へのオマージュを感じさせるが、そのストレートさはスプリングスティーンの音楽にあわせたものでもあるのだろう。本作の原題は『アズベリー・パークからの挨拶』のオープニング曲のタイトル、“Blinded by the Light(光で目もくらみ)”。映画の全編にスプリングスティーンの音楽が、言葉が溢れている。

©BIF Bruce Limited 2019

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 映画のなかでジェベドは暴力的な差別、そして、無理解な父親と闘う。理不尽な世界とどう向き合うのか、父親からどう自立するのか。どちらも、10代の頃に向き合わなければならない問題だ。当時、サッチャー政権下で高まっていた移民排斥運動を、今の時代に重ね合わせることもできるだろう。そういった難問に、ジャベドが音楽を糧にして闘うというのはナイーヴに見えるかもしれない。しかし、財産も経験もない若者にとって、そのナイーヴさこそが武器。国連で環境問題を訴えた小女が、世界中の〈大人たち〉から攻撃を受けるなか、この映画はそうした若者の純粋さを温かな眼差しで見守っている。そして、アートが世界を変えることができなくても、ひとりの人間の人生を変える力を持っていることを力強く描き出している。「カセットテープ・ダイアリーズ」は若かった〈あの頃〉の想い出を振りかえる物語ではなく、今を生きる若者達に捧げられた応援歌だ。

 


CINEMA INFORMATION

映画「カセットテープ・ダイアリーズ」
【監督】グリンダ・チャーダ(「ベッカムに恋して」)
【脚本】サルフラズ・マンズール、グリンダ・チャーダ、ポール・マエダ・バージェス
【原作】サルフラズ・マンズール「Greetings from Bury Park: Race, Religion and Rock N’ Roll」
【作曲】A・R・ラフマーン
【出演】ヴィヴェイク・カルラ/クルヴィンダー・ギール/ミーラ・ガナトラ/ネル・ウィリアムズ/アーロン・ファグラ/ディーン=チャールズ・チャップマン/ロブ・ブライドン/ヘイリー・アトウェル/デヴィッド・ヘイマン
配給:ポニーキャニオン (2019年 イギリス 117分)
原題:Blinded by the Light
日本語字幕:風間綾平
字幕監修:五十嵐 正
©BIF Bruce Limited 2019

2020年7月3日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他にて全国ロードショー
http://cassette-diary.jp/