ポケット・シンフォニー“Lycoris”
――中村佳穂さんを迎えた“Lycoris”も2年前に?
「そうです。CRCK/LCKSのライブで対バンしたときに、一音聴いた瞬間に〈この子はヤバい〉と思って彼女の音楽に惚れちゃった。それから対バンもたくさんしたし、セッションしに遊びに行くっていう関係性だったんです。
それで、誘ってみたら快諾してくれてレコーディング。その録音がすごくよかったから満足したという」
象眠舎 Lycoris (feat.中村佳穂) FRIENDSHIP.(2020)
――“Lycoris”はシンフォニーを思わせる楽曲のような気がします。
「そうそう。“Lycoris”の詞は、帰国した直後に象眠舎で一緒に即興ライブをやった現代詩人の榎本櫻湖さんのものです。櫻湖の言葉からインスピレーションから受けて作った曲で、詞に対して従順に音楽をつけていったので、情景説明的なところが多いと思います」
――架空の世界みたいな。
「僕自身ジブリ作品が好きだから、その映像に影響されているのかもしれない。“Lycoris”の歌いだしにも〈魔法〉って言葉があったり。モリタさんは、この曲のことを〈ポケット・シンフォニーだ〉って言ってて」
――〈ポケット・シンフォニー〉?
「たくさんのドラマティックな展開を多種多様な楽器で表現して、それをまとめ上げるスタジオ作業も一つの楽器として見立てることです。もともとはビーチ・ボーイズの“Good Vibrations”という曲を説明するときに使われた言葉で。
これは、アメリカ時代にやった11人編成のオーケストラを活かした形で録音してるんです。モリタさんと一緒に試行錯誤しながら、途中で耳の集中力が落ちないようにベースの弾き方をほんのちょっとだけ変えたり、フックを作ったりしたところもあります」
インスタでのディグと安価なアナログ機材で作る新しい音色
――ポップスとして聴きやすくしてる中に、シンフォニーっぽさを加えたのが“Lycoris”だとしたら、他には何か実験をしたんでしょうか?
「数千円から1万円ぐらいのアナログ機材を集めて、家にこもって1人で遊びながら音を探しました。いい音ができたら録音して、切ってサンプリングしてメロディーを作ってるんです。あえて音を歪ませてみたり」
――歪ませる?
「エフェクターを通したりしたのはもちろんなんですが、他にもかなり古いアナログ・シンセから出した音をテープを通したうえ、さらにデジタルで録音して、それをモリタさんにもっと綺麗に処理してもらったりしました。そうすると、アナログの質感なのに聴き心地がいい不思議な音になるんですよ」
――そういうアイデアはどこから出てくるんですか? アナログとデジタルを力技で一緒にしちゃう、みたいな……。
「オレゴンとかポートランドあたりのトラックメイカーのInstagramのアカウントをよく見てて。数年前からマルチトラック・レコーダーのカセットを改造している人が少しずつ出てきたんです。ローファイ・ヒップホップ的な。〈いい音だなぁ〉と思ったらInstagram経由で〈どうやって音を出してるんですか?〉って訊いたりして。
高価な機材のハイファイな音じゃなくて、逆に誰も持ってないような、よくわからないアナログ機材の方がローファイなおもしろい音を作れるんじゃないかと思って、遊んでいるうちにできたのが、ああいう音なんです。
〈ジャズ出身でポップス界隈にいるサックス奏者なのに、アナログのシンセを使って宅録で音楽を作ってるっていうのが面白いよ〉って、モリタさんにも背中押してもらったので、象眠舎ではそこを大事にしようと思ってます」