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押し付けない、聴こえないくらいがちょうどいい映画音楽

――「アボカドの固さ」は常に音楽が鳴っている映画ではなく、音楽があるシーンのほうが少ないくらいですよね。場面の指定はあったんですか?

櫻木「それは城と相談しながらでしたね。最初、音が無い状態で観たとき、僕はなるべく無いほうがかっこいいなと思って。余計な味つけというか、トゥーマッチじゃない映画音楽が好きなんです。邪魔をしない、SEに近いアプローチでやりたかったし、そこに興味もあった。そのほうが城の映画にハマるだろうなって。

2人の作業はかなり綿密にやったよね。うちに来てもらったりして」

「うん。どこに音楽を付けるかを話し合ったとき、アボカドが転がるシーンに音を付けたいって大悟が言ったんです。僕は、そこに音が付くイメージは全然なかったんですけど」

櫻木「映像を観たとき、いいシーンだなってすごく覚えてたんです。僕は勝手に、あのシーンはメタファーだと感じて。前原くんのルーザー感がすごく出ていておもしろいなと」

伊藤「あそこの音楽、すごく不穏だよね。攻めてるなって思った」

櫻木「映像を見ながら録音したんですよね。だから、二度と同じ演奏をできない。ちょっとギークな話をすると、ギターのピックアップみたいな仕組みのモジュラー・シンセサイザーがあって、アボカドが道に当たるタイミングでぐっとプレッシャーをかけて、音を出して録ったんです」

「へ~! 知らなかった」

櫻木「正解だったかはわかんないけど。あのシーンまで音楽をかなり抑制していたので、あそこくらい攻めていいんじゃないかと思ったんだよね。コントラストが出るし」

伊藤「SFっぽい音でおもしろかった」

櫻木「あんなシーンは日常にはないから、そういう意味ではサイエンス・フィクションだよね」

――「アボカドの固さ」という映画は基本的にリアリズムに徹しているんですけど、アボカドが転がるシーンは異質で、非現実的なんですよね。だから、その場面にあの音楽が付いているのは正しいと思いました。

櫻木「よかったです」

「なので、基本的に音楽は〈抑えて抑えて〉でやりましたね。聴こえないくらいがちょうどいい、印象に残らないくらいがいいんだって話をして」

櫻木「そう。催眠効果をねらいました。ちゃんとメロディーがある曲も作ったよね。コインランドリーのシーンとかで。でも、やっぱなんかちがうなって。悲しみを助長するというか、トゥーマッチに押し付けちゃう感じがあったので。そのシーンまでの文脈と、後の流れも大事ですし。

やってみないとわからない気づきがあったので、すごくおもしろかった。映画音楽、奥深すぎですね」

――櫻木さんが映像に音楽を付ける作業をしたのは初めてですか?

櫻木「初めてです。映像に音楽を付けることはやってみたかったので、いいチャンスをくれたなって感謝しています。これをきっかけに、もっとシンセサイザーにハマりましたし。

城とはお互いに初めてやることだから、トライ・アンド・エラーの繰り返しだったんです。でも、めちゃくちゃ楽しくやれました」

「それでも一緒にやってくれたっていうのは幸せでしたね。楽しくやれたっていうのは大事だね」

 

トーンや空気感の変奏

――伊藤さんは、櫻木さんの音楽が付いた映画を観てどう思いました?

伊藤「特殊なことをしているなって思いました。悲しい場面に悲しい音楽を、テンションが高いシーンにそういう音楽を付けるみたいな、単純なことはしていない。すごく静謐な感じ」

櫻木「映画を観ている体感をちょっと変えたかったんですよね。音が無い状態で映像を観たときに長く感じたので、時間が早く進むように感じられたらいいなと。音の押し引きがアクセントになって、飽きさせないようにできたらいいなって考えました」

「前原くんが木の棒を拾って、柵や電柱にカンカン当てながら歩いているシーンがあるじゃないですか。あそこは大悟の音楽が現実音と絡み合っていて、音楽の当て方としてすごくおもしろい」

櫻木「あそこだけちょっとビートを入れたんだよね。棒が柵に当たる音がパッカーションっぽく聴こえておもしろかったから」

――劇中の現実音と劇伴が同期しているのって、いまの劇映画用の音楽としては珍しい手法ですよね。

「実は、菊地成孔さんがけっこうやってるんですよね。例えば『パンドラの匣』(2009年)では音をセリフに重ねていて、エルメート・パスコアールみたいなことをやってて」

――櫻木さんの劇伴はアナログ・シンセの音が印象的でした。制作には何を使ったんですか?

櫻木「すごくシンプルです。さっき言ったモジュラー・シンセとアナログ・シンセ1台、あとはサンプラーですね。機材を限定したのは、なるべく音色(おんしょく)やトーンを同じにしたかったから。音色が増えると、それが余計な着色になると思ったので」

「ひとつのメロディーを変奏していく映画音楽のスタイルってあるじゃないですか。〈アボカド〉ではそれと別の発想で、ひとつのトーンや空気感が変奏されて、ずっと続いていく感じなんです。次の作品では〈メロディーの変奏〉をいまの感覚でやったら、おもしろいかもしれないね」

――城監督の長編第2作も、また2人のタッグで?

「もう一回やりたいね。今回の反省もあるし」

櫻木「うん。次はもっと期待に応えられる気がするし、もっといいものができると思う。機材も増えたし」