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エンジニア、トッド・カーターとの〈実験室〉と化したスタジオ作業

――2年前、スタジオに入ったときにはもう、そういう作り方をしようと決めていたんですか?

「2年前の2月に自分の誕生日プレゼントみたいな感じで、友達のエンジニアとスタジオのちっちゃい部屋に3日間入って、それがきっかけでこのアルバムが始まりました。

『ジグザガー』のあと、同じやり方でアルバムを作ることにインスピレーションを持てなくなっている自分がいて、一回ひとりでやってみようと。ひとりというか、僕とエンジニアのふたりだけでね。

初めに僕が作ったビートを持っていって、そのエンジニアに聴かせたら〈悪くないよ〉って言ってくれて。それまで自分はビートメイカーじゃないからってことで遠慮してたんですけど、プロのエンジニアがそう言って背中を押してくれたので、〈オレひとりでアルバム制作が始められるんじゃないか〉って思ったら嬉しくなって(笑)。

それで、彼のやり方を見ながら〈低音はこうしたら歪むんだ〉とか〈高音はこうしたらよく鳴るんだ〉とかって遊びながら試行錯誤して、それが勉強にもなったし、すごく楽しかったんです」

――エンジニアはトッド・カーターですよね?

「はい。僕がよく行くスタジオの常任エンジニアで。いままではホゼのメイン・エンジニアのブライアン・ベンダーにやってもらっていましたが、ブライアンがLAに引っ越したので、アシスタントをしていたトッドに頼んだら、とてもかっこいい仕事をしてくれました。若いし、動きも早いし、いい感じでつきあってくれて。彼がいなかったらこのアルバムはできなかったです」

――そうやってふたりで作り始めて、ある程度形になってからミュージシャンを呼んでいったわけですか?

「そうです。ひとりずつ呼んで。バンドで一斉に録音したのはだいぶあとになってからでした」

――『ライジング・サン』についてのインタビューで、黒田さんは〈ディアンジェロの『Voodoo』がジャズ・アルバムになったらどうなるかみたいなことをやりたかった〉と言ってましたよね。また『ジグザガー』のときは〈フェラ・クティのアフロビートとミシェル・ンデゲオチェロのモゴモゴしたベースがヒントになった〉と話していた。今回は〈ここからインスピレーションを受けた〉というようなものは何かありました?

「今回はないんですよ。本当にゼロの状態から、思い浮かんだメロディーをiPhoneに歌って入れて、録り貯めたものをAbleton Liveに入れて、どうやったら面白くなるだろうっていろいろ試しながら作りあげたので。

まあもちろん、〈この曲って何々っぽいよね〉っていうのはあるとは思いますが。例えば“ABC”はフェラ・クティっぽいですし。あと、“ムーディ”はムーディーマンっぽいなと思ったのでこのタイトル(笑)。でもそれぐらいかなぁ」

――じゃあ、ゼロの状態で思い浮かんだフレーズをとっかかりとして、そこから徐々に膨らませて作ったと。

「それが多かったです。その過程でいろいろレイヤーを重ねていって、何が足りないんだろう、何が邪魔してるんだろうってことをトッドと一緒に考えて。

スタジオでやってるから、思いついたらすぐ試せるじゃないですか。〈あのラジカセでこの音を出して、ローファイにしてマイクで録ろう!〉とか。実験室みたいにそういうことをいろいろやりながら仕上げていきました」

 

〈フライ・ムーン=偉大な自然〉と〈ダイ・スーン=愚かな人間〉

――〈こういうメッセージ、こういう感情を伝えたいんだ〉ってところから曲ができていくようなことは?

「ないですね。やらないです。僕はあんまり言葉を信じないタイプなので。そういうのは聴き手に任せたいというか。まあ題名は付けてるから、結果的になんらかのイメージは与えてるんでしょうけど」

――レーベルからもらった資料に〈このアルバムは、自然の偉大さと、人間の持つ美しき卑猥さの間の皮肉を歌っている。メロディーとグルーヴは、スピリチュアルでいたいという気持ちと、抗えない人間の下品さを行き来する〉という黒田さんの言葉が載っていますが、これ、もう少し説明してもらえますか?

「今言ったように、こういうことを伝えたいからこういう曲を作るみたいなことは、僕はないんですよ。自分のなかに降りてきたものを音にしていくだけなので。だから資料のために何かコメントくださいって言われると、いつも悩んで、どう言ったらピリッと締まるかなって考えてしまうんですけど。

ただ、なんとなくいつもあるのは、僕は人間のダメなところが好きってことで。〈ヘンなやつやなぁ〉と思えば思うほど愛おしくなる。人間誰でも弱いとこがあるじゃないですか。例えばものすごく完璧に思える人だけど、足が臭かったり(笑)。そういうほうが親しみがわくでしょ? 

それと、去年、(カリフォルニア州の)デスヴァレーに友達と行って、キャンプしたんですよ。写真撮影も兼ねて。僕はアウトドア派ではありませんが、友達に無理やり連れていかれて、そしたらちょっと感動したんです。岩の感じとか、人間が到底勝てないであろう自然の偉大さとか。で、夜中に空を見たら、いままで見たこともない星空で。

だけど感動しながらも僕はワインを飲んでベロベロになってるわけですよ。そんな偉大な自然を前にしているのに、ベロベロになってる。馬鹿だなぁと思ってね。馬鹿なんですよ、人間って(笑)。

で、それを曲にして、タイトルにしました。〈フライ・ムーン〉が自然で、〈ダイ・スーン〉が人間のそういうところ。前作の“グッド・デイ・バッド・ハビット”とかもそうですけど、僕は対照的なふたつのことをくっつけるクセがあって、これもそのひとつです。

“フライ・ムーン・ダイ・スーン”では曲の後半で僕が歌っているんですけど、実際に〈フライ・ムーン・ダイ・スーン〉って歌ってみたら友達のウケがよくて。ポエティックな感じで受け取ってもらえたらいいかなと」

――自然の圧倒的な強さと、それに抗えない人間の愛すべき愚かさ、みたいな。

「その間を行ったり来たりしている感じですね。宇宙的な音は自然を、僕がソウルフルに吹くところは人間っぽさを表現している。その両方が出たらいいかなと。とはいえ、タイトルを考えてから曲を作っていったわけではなくて、最終的にこうなったという。

曲名を決めるのって、けっこう苦痛なんですよ。〈誰か決めてよ〉って思う。ホゼなんかはそのへん、天才的ですけどね」

――彼はコンセプト作りから始めて曲を作りますからね。

「そう。そっちが先ですから。『ライジング・サン』ってタイトルもホゼが付けてくれたし。そういう才能を見てると、いいなぁと思いますよ。僕は苦痛でしょうがない」

――でも『フライ・ムーン・ダイ・スーン』といういい感じのタイトルに落ち着いたじゃないですか。

「落ち着きました。これ以上のものは出てこないです(笑)」