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いち早く戻りつつある日常

このような台湾政府の〈神対応〉のおかげで、台湾はすでに日常を取り戻しつつある。これは報道のみならず、台湾の音楽関係者たちとやりとりしていてもリアルに感じることだ。こんなご時世なので、安否確認も兼ねて、互いに連絡を取り合っているのだが、開口一番で聞こえてくるのは〈I’m fine〉だ。そしてこれは健康状態のみならず、仕事や、食事など日々の営みすべてひっくるめてのことだ。

もちろん外出時のマスク着用や、ソーシャル・ディスタンスといった日本でのお馴染みの防疫対策はとられている。しかし、政府は緊急事態宣言や外出自粛要請には踏み切っていないし、4月の半ばに台湾の知人に連絡をとった際はすでに多くのビジネスマンが出社し、台北の街は賑わっていると聞いた。この世界的コロナ禍において、台湾はいち早く平静さを取り戻していた。

そして、台湾の音楽業界もライブハウスの閉鎖や、フェスの中止・延期といった打撃は受けながらも、いまできることに前向きに取り組み、息を吹き返していた。多少の制限はあっても、社会が崩壊するような事態には陥らず、台湾の知人たちは皆、家族や友人たちと思い思いの時間を過ごし、外へ食事に行ったり(夜市もやっているようだ)、時間があれば風光明媚な地方に足を伸ばしてみたり、アートを生み出すために必要最低限の人間らしい生活を送っている。

 

創作、発信に専念する台湾のアーティストたち

ミュージシャンの知人たちに連絡を入れると、その多くが創作に専念していた。良質なインディー・バンドを何組も送り出している黑市音樂(Black Market Music)のディレクター、葉小文(Kate)も「アーティストたちには作曲に専念するよう伝えている」と話していたし、ここのところは毎週、レーベルの所属アーティストによるオンライン・ライブも行っている。

黑市音樂に所属するポップ・ロック・バンド、東波 EastWaveによるオンライン・ライブの様子(5月21日配信)。レーベルの所属アーティストたちが週替わりで出演しているので、台湾インディー好きは是非ともチェックしてみてほしい。配信リンクはこちら
 

R&Bバンド、問題總部 It's Your Faultのヴォーカリスト、丁佳慧(Nanako)も、ここ数か月、新譜の制作を進めており、スタジオに入っていたという。昨年の金音創作獎で最優秀新人賞を含む二冠に輝いた百合花のリーダー、林奕碩(リン・イーシュオ)も同様に新作の制作準備に入っているという。「先週、作ったばかりなんだ」と、新しいミュージック・ビデオまで見せてくれた。

4月の下旬に制作された百合花のMV。昨年リリースしたデビュー・アルバム『燒金蕉』より。コロナ禍で世界の文化活動が停滞するなか、このようなユーモアの効いた作品を届けてくれるのはとても嬉しい
 

台湾インディー黎明期を代表するバンド、1976のフロントマンであり、現在は台北で人気のカフェ/ライブハウス、海邊的卡夫卡 Kafka by the Seaを経営する陳瑞凱(アーカイ)は現在、若手アーティストのプロデュースに取り組んでいるようで、契約したばかりというロック・バンドのレコーディングを行うつもりだという。「彼らの使っているギターがフェンダーのジャガーですごく90sを感じさせるんだ」と嬉しそうに語るアーカイからは前向きさが感じられた。さらには自身のスタジオやカフェを他のアーティストたちにも開放し、ライブ録音し、アーカイヴしたり作品化したりといったアイディアも温めているという。

いまこの原稿を書いている5月9日の時点で新規感染者はゼロであり、統計からも台湾が日常を取り戻していることがわかる。政府が掲げる防疫対策を遵守しさえすれば、集まりも許可されているので、スタジオでのリハーサルやレコーディングなど、プロダクションに関わる部分は大きな制限を受けていない。台湾の音楽業界はこの利点をフルに生かし、いち早く作品の制作、発信に乗り出している。

※6月9日現在、海外渡航歴がない人の感染は51日連続で確認されていない(台湾フォーカス、2020年6月2日
 

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