――原さんにとって即興演奏はそれ自体で完成した音楽として成立し得るものなのでしょうか?

「今回のアルバムだと実は4曲目“Desierto”と8曲目“Desire”のピアノが即興ワンテイクで録った演奏なんです。前作でも14曲目“Grazia”が途中のフレーズ以外は全部即興で。その意味ではイエスになりますね。どれももう二度と弾けない演奏です。ただ、もちろんもう少しメロディを発展させた方が良くなるなと感じる演奏になることもありますよ。“Desire”は奥でシンセが鳴っているんですけど、あれはピアノの即興演奏をAbleton Liveに読み込ませてMIDI化して、それを4つのソフトシンセに当てはめて音色を選んで鳴らせて、さらにオートメーションで音量を変えてレイヤーを作っていくということをやりました。その意味では即興演奏にポストプロダクションを施しています」

――原さんにとって即興演奏の魅力はどのようなところにありますか?

「やっぱり日頃意識しているものとは別のものが出てくることが一番大きいですね。もちろん作曲方法には〈手を動かす〉という他にも頭で考える〉コンピュータを使う〉といったアプローチもあります。ただコンピュータを使うときも、ハードディスクのアーカイヴからたまたま出てきた音声ファイルを聴いていいな〉と思ってミックスを始めることがあって、それはちょっと即興に似てますよね。やっぱり楽譜と向き合ってさあ作曲するぞ〉と一方向的なスタンスしか持っていなかったら生まれてこないものがいろいろとあるんじゃないかなと思うんです。2013年にリリースした『Flora』に収録されている“Memoire”という曲も、即興演奏をiPhoneで一発録りした作品です」

――ライヴではどのくらいの頻度で即興演奏を行っていますか?

「実はあんまり人前で即興演奏と銘打ったライヴをやることはないんです。ラジオで坂本龍一さんとやったのと、あと2012年にYCAM(山口情報芸術センター)で鈴木昭男さんやevalaさんたちと演奏したくらいで。ただライヴ以外ではよくやってます。ピアノの練習としてやることもありますし、コンサート前に集中するときには必ず即興演奏をする時間を設けているんです」

――リスナーとして他の人の即興演奏を聴くことは多いのでしょうか?

「もちろん他の人のCDを聴いたりライヴを観に行ったりすることはありますよ。デレク・ベイリーはやっぱりカッコよくて憧れますし、大友良英さんや山本精一さんのライヴにも何回も足を運びました。あと杉本拓さんをよく聴いていた時期があって、ライヴを観に行ってCDを買ったりしましたね」

――杉本さんの作品には沈黙や間が大部分を占めるアルバムもありますが、原さんの最初のアルバムも『For A Silent Space』(2005)と題されていました。原さんは〈サイレンス〉という概念をどのように捉えているのでしょうか?

「僕は〈サイレンス=沈黙〉よりも〈サイレント=静寂〉の方に興味があるんですよね。音/沈黙という二分法よりも、音が鳴っているのに静謐に聴こえる状態というか。例えば京都には谷崎潤一郎のお墓があって、墓石に〈寂〉と書かれているんですね。あそこに行くとものすごく静謐さを感じるんですが、一方で森に囲まれた山の斜面なので鳥の声や虫の音などものすごくいろんな音が鳴っているんです。つまり音量的には騒々しいにもかかわらず、なぜか静謐さを感じてしまう。そういうことに興味があります。音量が小さければ静寂になるとは限らなくて、大きな音が鳴っていても一瞬の間があると全体を通して静謐さを感じるということもありますよね」

――今回の『PASSION』でも、コンポジションを通して静謐さを生み出そうとした部分はあるのでしょうか?

「はい。2曲目の“Fontana”や14曲目の“Confession”では特に静謐さを提示することを意識しました。たとえ音量が大きくなったとしても、むしろ全体を通じてダイナミズムがあるからこそ生じる静謐さについて考えてましたね」

 


原 摩利彦
Marihiko Hara

1983年生まれ。大阪府出身。京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科修士課程中退。音風景から立ち上がる質感/静謐を軸に、ポスト・クラシカルから音響的なサウンド・スケープまで、舞台・ファインアート・映画など、さまざまな媒体形式で制作活動を行なっている。ソロ・アーティストとしてアルバム『Landscape in Portrait』『RADIX』をリリース。坂本龍一とのセッションやダミアン・ジャレ+名和晃平「VESSEL」、野田秀樹「贋作 桜の森の満開の下」の舞台音楽、コム・デ・ギャルソン ジュンヤワタナベのパリコレクションのショー音楽などを手がける。アーティスト・コレクティヴ〈ダムタイプ〉に参加。
http://marihikohara.com/

 


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