Page 2 / 2 1ページ目から読む

〈残響〉からアルタミラ洞窟壁画と音楽の起源へ……

深遠で透明感ある音楽、そしてシガー・ロス周りの人脈との交流を考えると少々意外に思いもしたが、彼女の故郷はアメリカ南部のルイジアナ州である。アンビエント、ニュー・エイジ、エレクトロ、シンガー・ソングライター……。特定の音楽のスタイルとしてジュリアナ・バーウィックの音楽を規定するのは困難であるが、彼女の作品に通底する残響感には、その出自と関係したこんなエピソードがある。

曰く、神父の父親のもとに生まれ、教会で人々と歌を歌うことが彼女の最初の音楽的体験だった。そこで彼女の興味を引いたのが、教会で歌う時の残響音だ。その不思議な効果に夢中になった彼女は、家の中や家の周りを探検して、魅力的な残響音を生み出す場所を探した。時には森の木に頭を入れて歌ってみることもしたらしい。

残響に関するこの逸話を聞いて、ふと思い出した事もあるので、その話も書き添えておこうと思う。随分前に私が読んだ本の記憶で、正確な出典も思い出せないため眉唾程度に聞いて頂ければと思う。

それは人類が生み出した音楽の起源を巡る話で、その真相はもちろん今も分かっていない。ただ人類がその創造的才能を持つに至ったことを知る手がかりとして、現存する人類最古の絵画、アルタミラ洞窟の壁画(約18,000~10,000年前に描かれた)がある。洞窟の長さは約270mほどと言われており、その壁面には野牛、イノシシ、馬、トナカイなどの動物を中心に絵が描かれているのだ。

アルタミラ洞窟壁画についてのドキュメンタリー

ここからは想像の話。洞窟では音の反響や残響が起こるので、その音の効用は地上とは異なる非日常的な感覚をもたらす。その環境こそが、もしかすると人類の創造性の気づきと密接な関係があったのではないだろうか。洞窟がもたらす深遠な音響に魅せられた人々は、この空間に刺激され、創造性が芽生えた。そして壁面に動物の絵を描き、それらの下で宴や祈りをし、この音響的な効用を用いて、描かれた動物たちの鳴き声や遠吠えを真似る人も出てきた。それが人類にとっての初めての音楽になった、というのはいかにもありそうな話である。

ジュリアナ・バーウィックの音楽は、現代的な電気処理や幾つかの楽器の音色が加えられているものの、その楽曲の構成の柱となっているのは、声と残響という極めてシンプルな要素である。これまでも彼女の音楽はモダンでありながら、極めてプリミティヴで敬虔な感触を覚えていたので、彼女が幼少の頃に残響音に魅せられ取り憑かれたというエピソードに思わず合点してしまった。

それは、本作についての彼女からのコメント、〈自分の力で何かを作り、ただ愛を形にする……それは感動的な体験だった。私がレコーディングしていたのは、自分の心から出てきた音楽であって、決して「課題」や仕事のためではなかったのだから……少しだけ涙するようなこともあった〉にも通じるように感じた。

 

混迷する世界で考える、音楽における〈ヒーリング〉

ある種の反射的な惹き付けを起こさせるためのレトリックが詰め込まれたポップ・ミュージックに対して、こうした静謐な音楽には〈ヒーリング〉という感覚が見いだされることが多いかと思う。また、彼女の音楽のように残響音がアトモスフェリックに響くスタイルの音楽を、今日の私たちは情報のカテゴライズの都合で(ブライアン・イーノの提唱したアンビエントとは関係なく)〈アンビエント〉とついつい呼んでしまうかもしれない。しかし、アンビエントから〈俗流的アンビエント〉への変化、そして2000年代におけるエレクトロニカのフォークトロニカ的消費の過程を思えば、音楽における〈ヒーリング〉については確かに議論が必要だと感じる。

新しい10年が始まって早々に、世界はあまりに傷つき混迷している。その中でこうした音楽がもたらす〈ヒーリング〉という感覚を再度考える事も無駄なことでは無いと思う。

 


INFORMATION
オフノオト

〈オンライン〉が増え、コロナ禍がその追い風となった今。人や物、電波などから距離を置いた〈オフ〉の環境で音を楽しむという価値を改めて考えるBeatinkの企画〈オフノオト〉がスタート。写真家・津田直の写真や音楽ライター、識者による案内を交え、アンビエント、ニューエイジ、ポスト・クラシカル、ホーム・リスニング向けの新譜や旧譜をご紹介。

フリー冊子は全国のタワーレコードやCD/レコード・ショップなどにて配布中。BeatinkのSNSでは設置店舗も募集中! 原 摩利彦、agraph(牛尾憲輔)による選曲プレイリストも公開。

特設サイト:https://www.beatink.com/user_data/offnooto.php