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その〈前夜〉の一枚

 バンド・メンバーに、小西と以前から交友があったピアニストでシンガー・ソングライターの矢舟テツローが参加しているのも興味深い。小西と演奏を共にしてきた歴戦のメンバーとは違った彼の若さや負けん気みたいなものが、音から伝わってくる気もするのだ。「矢舟さんを自分がプロデュースできるなら、ホーギー・カーマイケルみたいなアルバムを作りたい」と小西は語った。それもぜひ聴いてみたい。

 そして、ピチカート・ワンの今後としては「とにかく死ぬ前に絶対に出したいレコードが1枚ある」という。「“地球最後の日”みたいな曲は、もしかしたらその〈最後のアルバム〉に入れるべき曲だったのかもしれないって、ちょっと思ってますけど」。

 その発言を聞いて、思った。小西がこのアルバムで掲げた〈前夜〉が、あの特別な日の記録という意味での思いつきだったとしても、小西自身が言うように、それもまた後の人生を予言している試みだったのかもしれない。いつかピチカート・ワンが出すはずの〈絶対に出したい一枚〉。なるほど、このライブ盤は、その〈前夜〉でもある。

 日課のようだった名画座通いを禁じられたこの自粛期間中。小西はアメリカのシンガー・ソングライター、ロッド・マキューンや、MORと呼ばれる60年代のポピュラー・シンガーたちのレコードに耳を傾け続けていたという。小西康陽の編集で、いつかそんなガイドブックができたら最高だなと思う。

 そして、小西が小坂忠の『もっともっと』を愛するように、いつかこの『前夜』が誰かのそんな存在になりうる未来を願う。演奏された曲目・曲順はすべて当夜の通り。ライブでありながらひとつのストーリーを持つトータル・アルバムのようだ。今は、一冊の本を読むように、夜が明けるまでこのアルバムを聴き続けていたい。

 

関連盤を紹介。
左から、PIZZICATO ONEの2011年作『11のとても悲しい歌』(ユニバーサル)、PIZZICATO FIVEの88年作『Bellissima!』、編集盤『素晴らしいアイデア 小西康陽の仕事1986-2018』(共にソニー)

 

演奏陣の関連作を一部紹介。
左から、矢舟テツローの2015年作『ロマンチスト宣言』(HIGH CONTRAST/ヴィヴィド)、田辺充邦、香取良彦、河上修、有泉一が参加した小西康陽プロデュースによる八代亜紀の2017年作『夜のつづき』(ユニバーサル)、香取良彦が参加した小西康陽のプロデュース曲を含む工藤静香の2019年作『Deep Breath』(ポニーキャニオン)