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奴隷主が英雄視され、努力が搾取されるアメリカ社会を歌う“JU$T”

ここからは、『RTJ4』のうち“JU$T”と“Walking In The Snow”のリリックを引用して、この作品がなぜ、2020年に聴かれるべきなのか解説したい。“JU$T”のフックは、〈ドル札の上で澄ましている奴隷主をよく見てみろよ〉である。これは、7種類あるドル札のうち5ドルのリンカーンと10ドルのアレクサンダー・ハミルトン以外は奴隷を所有していたか、奴隷農場主だったという事実を指摘している。

『RTJ4』収録曲“JU$T (Feat. Pharrell Williams & Zack De La Rocha)”

客演はレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのザック・デ・ラ・ロッチャと、ファレル。もともと政治色が強いレイジのザックはともかく、日本ではおしゃれ番長として知られるファレルは意外に感じるかもしれない。だが、彼は2015年のグラミー賞授賞式における“Happy”のパフォーマンスで、すでにBLMのテーマ・カラーである黒と黄色を配し、トレイヴォン・マーティンの事件を指す黒いフーディーをダンサーに着せている。もっとも、5年前はアメリカでも彼の意図がわからなかった人が多かったのだが。

※編集部注 トレイヴォン・マーティン射殺事件。2012年2月26日、米フロリダ州サンフォードで、当時17歳のマーティンが自警団員のジョージ・ジマーマンに射殺された。ジマーマンは正当防衛を訴え釈放、その後殺人罪で起訴されたが無罪となり、抗議運動が広がった

“JU$T”では、奴隷主を英雄視する歴史観に疑問を投げかけ、かつその社会では努力しても結局、搾取されると指摘する。BLMの背景には、80年代にさかのぼる麻薬戦争において、取り締まりと量刑を異常に厳しくしたため、警察内部にルールを破っても見逃される風潮が強まり、有色人種が多い貧困層の生活に大きな影響が出たという事実がある。キラー・マイクのヴァースはその点を徹底的に突き、白人であるエル・Pは孔子や作家のカート・ヴォネガットの名前を出しながら大局を描写する。肌の色が異なるふたりが、それぞれの立場から意見を述べ合い、聴き手もさまざまな視点を共有できるのもRTJの醍醐味だ。

マイクの〈1ドル稼いだら(税金で)1ドル20セント持っていかれる〉や、エル・Pの〈金ってそんなに大事じゃない、とか言えるのは金持ちだけ〉というラインは、日本人でも身につまされる。

 

息ができない――白人中心のシステムを突く“Walking In The Snow”

さらに強烈なのが“Walking In The Snow”だ。メンフィスのフィメイル・ラッパー、ギャングスタ・ブーがフックで言う〈真っ白い雪の中を歩くのはもうおしまい〉とは、〈雪の(=冷たく、白い)世界=白人中心の世界はもうたくさん〉という意味。この曲の、マイクのヴァースがすべてを物語っているので、拙訳を載せる。

奴らは教育って言い張るけど実際はテストと点数を与えるだけ
一番点数が低い人間で刑務所の人口を計算して
だいたい点数が低い人って俺みたいな見た目の貧しい人間
おまけに毎晩のニュースはただで恐怖を植え付ける
感覚が麻痺して 俺に似た男性が警官に首を絞められているのを眺めているだけ
俺の声が悲鳴からうめき声に変わり「息ができない」とだけ言うまで
それを家でソファに座ってテレビで見ているんだ
ほとんどの人はツィッターで「なんて悲劇だ」とかなんとか喚くだけ
まじでおかしいのは
みんな共感する力を奪われていること
無関心にすり替えられているんだ

教育システムでの不平等がさらに貧困を招き、簡単に刑務所に入れるうえにニュースをつければ、〈黒人=野蛮〉というイメージに変換されて伝えられる現状を、たった10行で伝えて見事だ。SNSで騒ぐだけ、という箇所は耳の痛い話で、きれいごとを言っているだけでは現状が変わらないと再認識させられる。

『RTJ4』収録曲“Walking In The Snow”

凄まじいのが、この曲に出てくる〈息ができない〉と言いながら亡くなった男性は、今回の抗議運動の発端になったジョージ・フロイドさんではなく、2014年にやはり警察官に絞め殺されたエリック・ガーナーさんなのである。つまり、スピーチで見せたマイクの絶望は、自分たちが抗議の意を込めたアルバムの仕上げに入った段階で、同様の事件がまた起きた点にあるのだ。この曲を初めて聴いたとき、カレンダーを逆算して、私は茫然とした。

 

プロテストだけじゃない、『RTJ4』に溢れる音楽愛

その点を念頭に置きつつ、『RTJ4』をいま一度、聴き直してほしい。ただし、抗議一辺倒ではなく、音楽愛に溢れた作品である点も、強調したい。たとえば、“Goonies Vs. ET”は80年代を懐古しながらレゲエ・レジェンドのテナー・ソウが出てくるし、シングルの“Ooh LA LA”は、ギャングスターの名曲中の名曲“DWYCK”を引用しつつ本家取りでナイス&スムースのグレッグ・ナイスとDJプレミアをフィーチャーしている。エル・Pとキラー・マイクが「結果的に未来を予言してしまった」と言っている『RTJ4』。ぜひ聴き込んでほしい。

『RTJ4』収録曲“Ooh LA LA (Feat. Greg Nice & DJ Premier)”