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〈僕〉か〈俺〉か、ブレる一人称の悩み

見汐「たしかに一人称って、場所や状況によって変わりますよね。いままでぜんっぜん考えたことなかったんだけど、私も自分で話すときに意識しているなと改めて思いました」

代田「子どもの頃は〈僕〉と言っていたはずなんですが、中学生くらいになると、かっこつけようと思って〈俺〉を使いはじめる。それから、社会に出ていく段階で自分を抑えて〈僕〉と言ったほうがいいのかもしれない、という意識がはたらくようになりました」

見汐「仕事中は?」

代田「〈僕〉、かなぁ。〈私〉とまでかしこまりはしないですね」

見汐「みんな自分を演出して、TPOに合わせてしゃべり方を変えているんじゃないかなぁ、わりと意識的に。でも、代田くんは仕事中でも酒場で会ってもあまり変わらないフラットな人だから、すごいなと思います」

代田「僕は末っ子気質で、子どもの頃から兄ちゃんの友人たちと遊ぶのが楽しかったんです。だから、早く大人になりたいという気持ちがずっとあった。そのせいか、年上の人とも仲良くなりたい、という気持ちが常にあるんです。

でも大人になってくると、さすがに初対面の人にタメ語(タメ口)で話すのははばかられるなと。それで〈敬語で接していますけど、仲良くなりたいんです〉みたいな、ねじれた話し方になってきました」

見汐「それがブラッシュアップされて、いまの代田くんのトーンになっていったんだね」

代田「……なんですけど、一人称に関してはまだブレブレなんです。発語する直前の段階、意識下では〈俺〉かもしれません」

見汐「それをワイルドに出しちゃっていいんじゃない? 〈『俺』の代田〉でよくない?」

代田「でも、葛藤があって。ロックスターはどんなときでも、誰に対しても〈俺〉でいいと思うんですよ。でも僕には〈俺〉で貫き通す覚悟もないから、それがコンプレックスになってしまうんです」

 

一人称で相手を目上か目下か判別している?

見汐「友だちと呑んでいるときの会話では〈俺〉になるんですか?」

代田「そうですね。〈俺〉って言っていい相手だ、という安心感があるのかもしれません」

見汐「それは、〈地元感〉があるんじゃないですか。代田くんにとって、〈俺〉がいちばんフラットな状態なんだろうね。仕事のときは〈僕〉か〈私〉でいいんじゃない? 〈私〉は男女問わずに使えますし」

代田「ただ男性が〈私〉と言うと、ギャグになりかねない状況もあると思って……。一人称をどんな場面でも使えるものに統一すると便利なんですけど、一方で〈統一したくない〉という気持ちもある。たぶん、いまのところは〈僕〉でいいんだと思います。

でも、〈一人称で悩みたくない〉というのが、いちばんの悩みかもしれません。こうやって見汐さんと話しているときにも、〈僕〉か〈俺〉かで迷いが生じたり、言い直したりしていて、それにすごく違和感がある。

今回、改めて辞書を引いてみてわかったのですが、〈僕〉は目上の人に対しても使える一人称で、〈俺〉は公の場で使うべきじゃない、という線引きがあると。でも、そもそも相手が自分にとって目上か目下かを判別して話していることが失礼だなと。そこにもフラストレーションを感じました。

目下だと思っているわけじゃないけれど、後輩っぽい年下の相手に対しては、たしかに〈俺〉と言っちゃっている。でも、尊敬している人とか目上の人とかに対しては〈僕〉。自分は差別をしているんだなって気づいたんです」

見汐「代田くんが育ってきた環境は周りから与えられる圧力が少なかったのかもね。私の地元は九州の片田舎でちっちゃい町だからさ、上下関係がもう、めちゃくちゃはっきりしているのよ。中学生くらいになると、それが顕著にわかるようになってくるんです。〈あそこの家は田んぼを何反持っている〉とか」

代田「ははは(笑)」

見汐「いや、ほんとなのよ。権力や財力を持っている人に対して反射的にへりくだってしまう大人を見てきたし、そういう関係性がはっきりしている町で育ってきた。先輩後輩関係のハッキリした縦社会だったし。

だから、いまでも反射的に初対面の相手に対して〈この人には敬語で話したほうがいい〉と察する癖がついたというか。それは、相手を〈測る〉とかじゃなくて、育った環境で鍛えられた能力だと思う。〈こういう話し方をする人は私と同じような境遇だったのかもしれないから、きちんと話そう〉とか。〈『あたし』と言わずに『わたし』とちゃんと言うようにしよう〉とか。ほんとに茶番よ(笑)」

 

〈さん〉で呼ぶか〈くん〉で呼ぶか、呼び方は相手との心の距離

代田「僕は東京生まれ東京育ちですが、方言への憧れがすごくあるんです。方言を話しているのを聞くと、先輩後輩関係なく、みんな平等に感じるんですよね」

見汐「わかるよ~。やっぱり心の赴くままに話せるのは生まれ育った土地の方言、イントネーションだったりするもんなぁ」

代田「大学生の頃は周囲に地方出身の人が多くて、方言で話しているのが羨ましくて。勝手に真似したりしていました」

見汐「私、初めて東京の人から〈君さ、もっとこうしたほうがいいんじゃない?〉って言われたときは、すっごくむかついたんだよね。突き放す感じがして。これがもし私の地元の方言だったら〈あんたさぁ、もっとこうしたほうがいいっちゃない?〉みたいな感じ。〈あんた〉って言われるのを嫌悪する人もいますけど、〈君さ〉って言い方は言葉の棘がフック状で、釣り針みたいに下からぐっと抉られる感覚があって。本当にびっくりして、慣れるまでに時間がかかりました」

代田「二人称や三人称の問題ですね。男性を〈さん〉付けで呼ぶべきか〈くん〉付けで呼ぶべきか、という問題も感じているんです。相手と仲良くなりたいから親しみを込めて〈くん〉で呼んでいるんだけど、相手にとっては馬鹿にされている気分になるかもしれないなと。

たとえば、仕事で発注権を握っているプロデューサーに対しては、年下でもなんとなくみんな〈さん〉付けで呼んでいる。でも、年下だから〈くん〉付けにする、という線引きの仕方も気持ち悪いなと思うんです」

見汐「呼び方ってさ、相手との心の距離だよね。もし〈さん〉付けで呼ばれていたのが〈くん〉付けに変わったら、その距離がちょっと縮まったのかなって私は思う。〈見汐さん〉って呼ばれていたのに〈おい、見汐!〉って言われたら、ちょっとうれしいかも(笑)。もちろん、状況によるけどね」