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今作でフォーカスしたのは〈愛〉

プロデュースをラリー・クラインが担当し、アレンジはヴィンス・メンドーサが担当。ガルドーの2作目にしてメジャー・デビュー作である『My One And Only Thrill』(2009年)を手掛けた両雄で、自分は当時そのアルバムのライナーノーツに「断言するが、このアルバムによって彼女の名前は今までと比較にならないほど広く知れ渡ることになるだろう」と書き、実際その通りになった。次の『The Absence』(2012年)は違ったが、クラインは4作目『Currency Of Man』(2015年)で再びプロデュースを担当。だがそれはシリアスな歌詞とブルーズやファンクが合わさってズシンと内臓に響く重めの作品で、新境地を感じさせたものだった。

そして今作はというと、メンドーサのストリングス・アレンジが麗しいほどに見事な曲が印象的で、とりわけゴージャスなオーケストレーションで始まるオープナーの“If You Love Me”を聴くと、“Baby I’m A Fool”で同じように始まった『My One And Only Thrill』を思い出さずにいられなくなる。が、(その“If You Love Me”を始め)ブラジルのダヂやピエール・アデルニとの共作曲がよく、ブラジル音楽も今作のキーポイントだな、とも思える。

『Sunset In The Blue』収録曲“If You Love Me”

「音楽って、服を着る感覚に近いものだと思うの。私はドレスを着たい気分のときもあるし、ジーンズが気分のときもある。レザー・パンツの気分、ミニの気分、滅多にないけどスウェット・パンツの気分のときもあるわ(笑)。アルバムを作るときも、ジャンルがどうこうというよりは、その楽曲にどんな服を着せたらいい気分になれるかに興味がある。

前作『Currency Of Man』のソングライトはLAで行なったのね。久しぶりに訪れたアメリカ(ガルドーの生まれは米フィラデルフィアだが、近年はパリ郊外で暮らしている)で、ホームレス、ドラッグ中毒者、娼婦、それに犯罪も目の当たりにしたショックから、初めて批評的な歌を書いた。1曲目の“It Gonna Come”では、〈政治家よ、何を考えているのか教えて!〉とも歌ったわ。あれは私なりの“Big Yellow Taxi”(ジョニ・ミッチェル)だったわけ。

今回のアルバムはそれとは違っている。今作で私がフォーカスしたのは、〈愛〉よ。ロックダウンになってステイ・ホーム生活をしているときに、もっと〈愛〉のことを歌う必要性を感じて、何曲かに変更を加えたの。前作とそのツアーは男性的で、言うなればレザー・パンツの気分だったから、振り子を揺らして戻す必要性があったのね。それで今回はジュリー・ロンドンふうの服に着替えたというか、ソフトでロマンティック、そしてフェミニンな感じに戻ったのよ。

私はブルーズも好きだけど、ブラジル音楽も好き。スペインの音楽もポルトガルの音楽もフランスの音楽もロシアの音楽も好き。ひとつのスタイルで自分を縛る必要はないと思っていて、ただその曲に合う服を着せたいというだけなの」。

『Sunset In The Blue』収録曲“C’est Magnifique (Feat. António Zambujo)”。この曲に参加しているアントニオ・ザンブージョはポルトガルの大衆音楽、ファドのシンガー

 

新しい世代がいて、新しいジャンルが生まれることをミュージシャンは忘れちゃいけない

ところで、ハンディキャップ(19歳のときに交通事故に遭い、頭部、脊髄、骨盤を損傷。視覚と聴覚過敏の後遺症を残している)がありながらも精力的に動き、オーディオ・ジャーナリズム(歌でジャーナリズムを実践すること)を標榜した前作『Currency Of Man』のように人種差別や性差別に対する明確な意識も音楽で伝えながら活動するガルドーから、強くインスパイアされたと言う女性アーティストは少なくない。ポッドキャストでガルドーのファンであると公言したビリー・アイリッシュもそのひとりだ。

「その話を聞いたときはびっくりしたわ。自分は小さな存在だし、小さな部屋で曲を書いてきただけだから。私と音楽の関係はすごく根本的なもので、認めてほしいから音楽をやっているわけではない。だからそうやって誰かに影響を及ぼしたことを知ると驚くしかないのだけど、でも、それは素晴らしいことなんでしょうし、純粋に嬉しくなる。ビリーの若さを考えると、まるでママになったような気分よ(笑)。

ミュージシャンは忘れちゃいけないと思うの。私たちの下には常に新しい世代がいて、新しいジャンルもどんどん生まれてくるってことをね。変わることのない自分なりの美意識というのはあるけれど、私は常に何かに心を動かされていたい。影響を受けたと言ってくださるひとがいることを光栄に感じ、決して当たり前に思わずちゃんと驚きたいって、そう思うの。だって私自身、本当にいろんな音楽、いろんなミュージシャンに影響を受けて、こうして音楽を続けているのだからね」。

『Sunset In The Blue』収録曲“Little Something”