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新たな変化のとき

 サード・アルバム『屋根裏獣』(2017年)は、『東京絶景』とは正反対に得意な妄想をフル稼働した〈物語〉をテーマにした作品。人魚や殺人犯を主人公にした歌詞は現実離れしているし、生楽器を中心にした無国籍風のサウンドが想像を掻き立てる。そんな本作を象徴する曲が、その名も“地獄タクシー”。夫を殺して生首を持って逃げている妻が乗り込んだのは、地獄に向かうタクシーだった!というホラーな物語を、ビッグバンド・ジャズ風のサウンドに乗せて歌う吉澤の語り口が圧巻だ。一方、“えらばれし子供たちの密話”は、コンガをフィーチャーしたラテン風の曲調に、ラップ的なパートを盛り込んだりと多彩なサウンドはいつもながらだが、このアルバムでは曲の構成、アレンジがいつも以上に緻密。ほとんどの曲のディレクションを彼女自身が手掛けていて、ミュージシャンとしての成長ぶりを見せつけた。

 また、現在のところの最新作となる『女優姉妹』(2018年)は〈大人の女性〉がテーマで、「ひとりの女性が大人の女性として自立する姿を描いてみよう」と思ったという。TVドラマ「架空OL日記」の主題歌として作られ、シングル・カットされた“月曜日戦争”はSF仕立てでOLの心象風景を描いた曲で、カラフルな音色を散りばめたサウンドはアニメソングを意識したとか。同じくシングル・カットされてロングセラーを記録した“残ってる”は、友達が見たという朝帰り風の女の子の話から想像を広げた曲で、〈いかないで〉というリフレインが胸に迫る。アルバムでは10代の頃に書いた片思いソング“よるの向日葵”から“残ってる”へと続く流れがクライマックスになっていて、吉澤のメロディーメイカーとしての一面を引き立てている。

吉澤嘉代子 『サービスエリア』 ビクター(2020)

 『女優姉妹』をリリースした際、30代を前にした吉澤に〈大人になれたと思いますか?〉と尋ねると、「あと4年くらいしたら女性として成熟できるような気がします。ここ何年か気持ちの変化を感じてて、毎日、日記を10回くらい書いているんです」と彼女は笑っていた。それから2年が経ち、30歳になった彼女の2年ぶりのニュー・シングル“サービスエリア”は、夜のサービスエリアを舞台にした恋人たちの物語。 新録“らりるれりん”の編曲を手掛けた君島大空や石若駿、高桑圭、伊澤一葉による力強いバンド・サウンドをバックに、吉澤の歌声には情念とも言えそうなエモーショナルな力強さが混じっていて、映画のワンシーンのような世界を生み出していく。カップリングの“曇天”は私立恵比寿中学に提供した曲のカヴァーだが、“サービスエリア”と同じバンドが演奏し、どちらも『女優姉妹』で出会ったゴンドウトモヒコが編曲を担当。同じメンツでアルバムを作ってほしいと思うくらい、バンド・サウンドと歌声がフィットしている。このシングルから漂うビターなロマンティズムから吉澤が新たな変化を迎えていることが伝わるが、果たしてこれからどんな物語を紡いでいくのか。大人の魔法使いになった彼女が見せる新しいマジックに期待したい。 *村尾泰郎

吉澤嘉代子の作品。