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15年の積み重ねを自然に表現した『Energetic Zero』

――アルバムの収録は、Trio Zeroのホームグラウンドである南青山の〈ZIMAGINE〉で、無観客と有観客の双方で行なわれました。

橋本「移転する前、外苑前にあった頃からZIMAGINEのお城の洞窟というか、隠し部屋みたいな雰囲気が大好きだったんです。レンガの壁でちょっと木もあって、音の響きもこのトリオにぴったり合う。そんなときに、お店のマネージメントと音響をやってくださっている渡辺ー慶さんが〈レコーディングしませんか〉と言ってくれて……」

伊藤「見るに見かねたんだろうね。15年間、アルバムを出さずに何をやっているんだと(笑)」

橋本「こんなにいい響きのところで録れるなら最高じゃないかと思って、レコーディングすることになったんです」

Trio Zeroの2020年のライブ映像。会場はZIMAGINE

――制作・宣伝販促は、『熱帯JAZZ楽団XVIII〜25th Anniversary〜』(2020年)等でも話題を集める音楽専門クラウドファンディング運営会社〈TWIN MUSIC〉が担当しています。CEOはユニバーサルミュージックやソニーミュージックにいらしたこともある生明恒一郎さん。

橋本「クラウドファンディングにしたら自分の思い描くCDを作れると思って、知り合いに生明さんを紹介してもらいました。お会いしたら共通の友人がいっぱいいることがわかって、全面的に販売促進もお願いしています」

生明恒一郎(TWIN MUSIC)「〈アーティストが心から望む形でのリリースはなんだろう〉とずっと考えていたんですが、15年ほど前、マリア・シュナイダーがクラウドファンディングでアーティストシェアからアルバム(2004年作『Concert In The Garden』)を出したことにものすごく衝撃を受けまして、米国に移り住んで、アーティストシェアで働き、音楽ビジネスを学びました。

クラウドファンディングに取り組んでいる会社はたくさんありますが、音楽専門のところは殆どないのではないかと思います。すべてアーティストのやりたいことをやっていただくというのがTWIN MUSICのポリシーです」

――ジャケット・デザインも、内容を映し出すかのように多彩、カラフルです。

橋本「イラストレーターのフクハラアキコさんが描いてくれました。バンド結成当初からほぼ皆勤賞の感じでずっとライブに来てくださっていて、Trio Zeroの音をとてもよく知っている方です。レコーディングの時にも来てくれました。3種類ぐらい描いていただいた中から、〈ジャケットには、これしかない〉と僕の独断で選びました。

収録曲目に関しては、ずっと演奏しているものばかりです。これまでの15年間に一区切りつけたくてこの9曲にしました」

――“雪閃”のみ伊藤さんの楽曲で、ほかは橋本さんの楽曲。“雪閃”でのブラッシュとスティックの使い分けなど、単に〈テンポを速くするので持ち替えた〉という感じではなくて、すごく自然発生的でスリリングです。

伊藤「基本的に僕の曲では、ドラマーに何も指定していないんです。彼(橋本)が全部判断してやっています」

橋本「たくさんのイメージが湧く曲を彼が書いてくれたので、自然に演奏できるんです」

2018年の“雪閃”のライブ映像

――特に新曲を用意したわけでも、アレンジを書き換えたということでもなく……。

伊藤「これまで体で覚えてきたものを、自然に表現したという感じですね。レコーディングのために、とくに新たなアレンジを加えることもしていないです」

 

ピアノの内部奏法にフレットレス・ベースの特殊演奏

――とても印象的な題名を持つナンバーが多いですね。文学の香りが漂うというか。

橋本「曲名は、曲を作る前から決まっています。初めて演奏するときには、すでに曲名のついた状態で(メンバーに)持っていきます」

『Energetic Zero』トレイラー

――1曲目に入っている“一万年落下”の、題名の由来は?

橋本「梨木香歩さんの『裏庭』という小説の中に、〈一万年分、落ちるよ〉というシーンがあるんですね、抽象的なんですけど、ずっと落下していくシーンが何ページか続くんです。それで〈一万年も落下するってすごいな〉と思って書いた曲なんです」

――Trio Zeroにしては珍しく、4ビートを取り入れています。

橋本「いわゆるアメリカン・ジャズのスウィング感というよりは、あの4ビートは景色なんですよ。イメージが欲しかっただけです。スウィンギーな4ビートを演奏するという考えは、僕の中に一切ないですね。アメリカンなブルースの心があるジャズというのは僕が味わってきた文化ではないから」

――そして“Witch W→E”ではピアノの内部奏法も飛び出します。内部奏法から普通の奏法に切り替わる際の、伊藤さんのタイミングの速さにもびっくりしました。

伊藤「あれは椅子に座ったまま、左手でピアノの弦を押さえるんです。みんな立って右手で押さえるでしょ。速くするためには左で押さえないと」

橋本「ドラムからだとあんまり見えないし、当たり前の奏法だと思ってたけど、左手だったのか……」

――ベースのアプローチも興味深いですね。弦をこするような感じで。

織原「ジャコ・パストリアスは右の掌で弦を押さえてグリッサンドしていましたけど、弦をこするベーシストは確かにあんまりいないかもしれません。

エレクトリック・ベースはもともとポップスの楽器だし、歴史が浅いということもあるかもしれませんけど、意外とアバンギャルドな奏法が浸透していない。〈ピアニストやドラマーがやるようなことをベースでやるとどうなるのかな〉と考えながら、いろいろ試していると、〈こんなふうに音が鳴るんだな〉という発見がけっこうあって面白いですね」

――フレットレス・ベースに専念なさっているんですよね。

織原「そうです。20年間、フレット付きは弾いていません。そのほうが人生がシンプルになると思うので(笑)」