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 客筋もそれぞれ違うクラシック畑/ロック畑(+井上鑑)という異能な組み合わせについても、

 「会う前に竜童さんが文楽と一緒にやってらっしゃるDVDを観させていただいて。あ、こういう異なるものとも一緒にフュージョンして新しいものを創り出される方なんだって。それが頭にあったものですから、ふだんは〈ロックの宇崎さん〉ではありますけれども、こうやってクラシックの側の人間と一緒にやったら、また新しい、何だか新鮮なものが出来るんじゃないかと、とても大きな期待がありました」

 もう一人の助っ人奏者・井上鑑は、森繁版との架け橋的存在ともいえるだろう。かつて作編曲した作品との〈再会〉を喜び、ブックレットにも「森繁さんへの記憶と宇崎竜童さんへの敬意と歓迎、そんな思いを新たに音楽にしてみたくなり、数曲の新曲が生まれました」と感慨を寄せている。

 トリオ共演で〈終始、音楽に圧されながら独りで怯えつつ〉朗読に挑んだと語る男が、公演時の本音を明かす。

 「德川さんがソロで弾いた第一部(=ピアノ名曲紀行)は当然、お客さんも満足している。じゃあ、この人たちが第二部では舌打ちして帰らぬだろうか……そうなれば德川さんにも井上さんにも仙波さんにも申し訳ないし、そのためにはどうしたらいいんだろうって。ところが何も考え付かない。言われたままに文章を読む、それ以外は考えなかったな」

 前出・寄稿文で竜童の〈声の持つ表現力〉に触れながら、井上がこんな卓見を綴っている。「思い起こせば歌い手としての宇崎さんの数々のヒット曲も、音そのものが消えても聴くものの心には物語が生まれて残る、そんなものだったような気がします」、と。常に歌に寄り添う立場の匠ならではの至言。コロナ禍で120万部を超えて今も売れ続けるレオ・バスカーリア作/みらいなな訳の原作絵本の本質さえも言い当てているような慧眼だと思う。德川がふり返る。

 「リサイタルの第一部はソロじゃないですか、一人ってなんか寂しいんですよ。皆の眼が全部私に来る、それがあんまり好きじゃない。それが第二部は三人で舞台に立てるからそれだけで嬉しかったし、本番もとても上手く行ったと思いますし、気持ちよかったです、私は。やはりピアノだけでは表現し切れぬ部分もあって、そこを井上さんのキーボードが補ってくれる。ピアノの音であるシーンを創って、いろいろな音が出せる井上さんのキーボードが包んでくれるような、そんな感じで演奏してましたね、一緒に音を出す場面では」

 彼女、朗読とのコラボ企画は今回が初めてではない。德川+林望+C・Wニコルによる「子象ババールの物語|子供の領分」は2度のリサイタルを経て、やはりCD化されている。ニコル(昨春没)の〈どぉーんと太い声〉に「大らかな気持ちになり、どっしりした感じで音楽をやっていた気がする」と述懐し、対する宇崎の朗読には「フレッシュな感じ、どぉーんとした重さじゃなくて、もう少し軽やかなものを感じながらご一緒させて戴けた」と、未だ晴れないコロナ禍のリリースとなった異色コラボの成果を表わした。

 死別の哀しみに直面した子供のために書かれた原作本。長男に先立たれた失意の最中、〈もう一度生きてみよう〉と同書から感銘を授かった森繁の先代版。さて、新しいフレディ盤の中身はいかに……制作秘話はここでお終い。共同で〈いのちの旅〉を描くまでの、それぞれの心理を中心に纏めてみた。一切の先入観を拭い、真っ新な気持ちで耳を傾けてほしい。

 


德川眞弓(とくがわ・まゆみ)
東京藝術大学卒業。米国インディアナ大学大学院に留学し、修了後は世界各地で演奏。2003年から〈マンハッタン・サロン・コンサート〉〈歌のおもちゃ箱〉の企画・構成・演奏を続けている。全日本ピアノ指導者協会会員。〈MOMOピアノ教室〉にて後進の育成にも力を注ぐ。ディスク・クラシカよりCD『ポートレイト』『子象ババールの物語』(レコード芸術特選盤)をリリース。ピアノを石塚信子ら、室内楽を故ジョセフ・ギンゴールドらに師事。

 


宇崎竜童(うざき・りゅうどう)
73年にダウン・タウン・ブギウギ・バンドを結成しデビュー。“港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ”“スモーキン’ブギ”など数々のヒット曲を生み出す。作曲家としても多数のアーティストへ楽曲を提供。阿木燿子とのコンビで、山口百恵へ“横須賀ストーリー”“プレイバックpart2”“さよならの向う側”など多くの楽曲を提供、山口百恵の黄金時代を築いた。阿木と共に力を注いでいるライフワーク作品「Ay曽根崎心中」では音楽監督を務めている。映画・舞台音楽の制作、俳優等でも幅広く活動中。2019年阿木燿子と共に岩谷時子賞特別賞受賞。