自分の声が聞こえてくることに悩まされていた

――そういった企画やグループでの歌手活動を経て、ソロを始めるにあたってSoushi Mizunoさんに声をかけて最初にできた曲が2019年8月にリリースされた“in the pool”になるんですか?

「そうです」

『kioku no hako』収録曲“in the pool”のMV
 

――音楽の方向性は最初から決まっていたのでしょうか。

「グループにいる間は、がっつり世界観があったので、グループの音楽以外のものをゆっくり聴こうという気持ちに向かわなかったんですね。でも、辞める前のお休み期間に久しぶりに音楽を漁ることができたんです。そうしたら、アイスランドの音楽が刺さって。スペシャル・K(Special-K)という女の子とか、パスカル・ピノン(Pascal Pinon)、ソーレイ(Sóley)ムーム(múm)あたりが自分のなかに沁み込んでくるように感じました。自然を感じさせる声とか、ハーモニー、音作りがすごく面白かったので、そこらへんはかなり曲作りの参考にしました。ムームの曲で歌錬してみたり。発声方法にしても、最初はグループ時代の特徴的な歌い方から抜けられなかったので、本来の歌声を出していくことからSoushiさんと一緒に始めました」

――北欧のエレクトロニカやフォーキーな音楽を参考にしていった。

「そうですね。日本語の曲ではあるんですけど、サウンド的な部分ではかなり影響があると思います」

――“in the pool”を作った後にまとまった作品を作るプランが見えてきたのでしょうか。

「はい。この1曲を出したあと、パッと思いついた時にGarageBandで作ったのが“her voice”なんですけど、〈じつはこういう曲があるんだけど〉ってSoushiさんに伝えた時、〈これは1曲目に来る曲だね〉ということになって、だんだんストーリーができあがっていきました。“in the pool”は、私のなかに私がもうひとりいる、みたいな現象があって、その自分を統合するみたいな曲なんです。〈あの子〉という歌詞は結局、自分のことなんですよね。EPは過去・現在・未来という流れになっていて、過去の部分が“her voice”で。

変な話なんですけど、昔は自分の声が聞こえてくることに悩まされていたんです。今で言うインナーチャイルドみたいなことなのかもしれないんですけど、私のなかで別の私みたいなのが一緒に育ってきて、話し掛けてきてたんですね。そのことを表現しています」

――訊いてよいものか迷いますが、それはなんらかの症状と診断されたりしたものなのでしょうか。

「内在性解離と言われたことがあって。多重人格ってあるじゃないですか。それは見えないけど、中で人が変わっているもので、私の場合は人格がガラッと変わるわけではなく、解離というもので。一度、大丈夫かなと思って病院に行った時にそう診断されました。20歳とか21歳くらいの時かな? 今はその声も聞こえなくなってきたんですけど、ある時期、酷かったんですよね。色んなことが癒されてなかったりして、それに引っ張られてる自分と監視してる自分がいたんだと思います。でも、美化するわけではないんですけど、それを作品にしたことによって自分と切り離せて、ちゃんとしまえるようになったというか」

――引っ掛かっていたものに向き合った結果、スッキリすることができた面もある。

「ちゃんと思い出したら、ちゃんと忘れられるんだなと。日常のなかで少し軽くなれたというか」

――“her voice”で声があちこちから聞こえてくるのは、実体験を表現したものだったんですね。

「そうですね。ちょっとやばい人ですよね(笑)」

――いや、創作は内なる自分を見つめることだと思うのでまったく変なことじゃないと思います。ともかく、かなりパーソナルなことを描いた作品なわけですね。

「……2曲目の“daydream”が夜から朝にかけての曲で。過去に身近な大事な人を亡くす経験がありまして、もう会えない人への気持ちの整理がつかなくて、どうしても固執してしまっていたんです。記憶がループして自分の声が聞こえてきたりする、みたいな。それを持て余していたというか、どうしていいかわからなかったんですけど、曲にしてみたらいいかもしれないと思って、1曲目と2曲目を作ったんです。自分はどう思っていたんだろう、どうしたかったんだろうとか、カウンセリングみたいな感じでSoushiさんと意見を交わしているうちに曲がどんどんできていって。で、“in the pool”は自分を見つめている私が過去の記憶にケリをつけるという歌なので、全体の流れが見えたという感じです」

「この3曲までできた段階で、自分を出したことによって、やっと記憶を箱みたいなものに入れられたというか、忘れられるようになったんです。そこで未来に進んでいこうという気持ちができて、4曲目の“meanwhile”、賛美歌の“pilgrimage”という流れができていきました」

――だからタイトルが『kioku no hako』なんですね。近しい人を亡くしたというのも、もちろんとても大きなことで。

「そうですね。その出来事で悲しんでいる姿を周りに見せられなかったので、なかったことみたいにしたんです。家族とか周りも見ていてつらかっただろうし。途中で思い出し続けることもやめて、時間を止めてたんですけど、ことあるごとにフラッシュバックしてしまうので、どうにか向き合わないとなという気持ちがありました。“daydream”は〈針止まり〉と歌ってるのにずっと針の音が鳴ってるんですね。時が止まってるんだけど動いてるんだよなという矛盾を音楽的に表現していたり、オルゴールのサウンドも入っているんですけど、あれも巡るものじゃないですか。オルゴールは3曲目にも入ってるんですけど、その次の曲からは前を向いているので使わなくなったり。1枚を通じて色んなものを表現しています」