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抽象的な見方のほうが好き

 

 重いものをゆっくり動くように明滅するディープなベースと緻密なビートと、声楽の素養も窺わせる歌唱が浮遊する様は、シアラとビョークの間を行くような(語彙が貧困!)フロウも相まって現代版トリップ・ホップとも呼べるようなアトモスフィアを湛えている。もっとも、そう形容されるものがインディーR&Bという言葉に集約されたフォーマット自体は珍しくないが、世評に対する本人の弁はこうだ。

 「曲のいくつかはR&Bっぽいけど、他の曲にはそれよりパンクっぽい、凄くラウドなものもあると思うし。どちらかというと自分ではクラフトワークとかディーヴォとかに近いと感じる。あとはB52’sとかもね。昔からパンク・バンドで歌いたかったんだけど、それに合う歌い方ができなかった。(自曲の)ビートをちょっと変えて、シャウトすればパンク・ソングになるんじゃないかと思うわ。共感するってことが具体的なサウンドの選び方だけとは限らないし、そういうふうに抽象的な見方をするほうが私は好き」。

 今回の『LP1』は引き続きアルカとの共同作業を中心にしつつ、意外にもポール・エプワースとの手合わせが実現している。

 「正直言うと最初はすごくやりたくなかったの。彼はポップスターと仕事してる人だし、私はアデルやフローレンスみたいに歌いたくなんてないのに、何でこんなことしてるんだろう……と思って。スタジオに入る当日もグズグズしていて、予定から2時間も遅刻したの。やっと近くの駅に着いたら、彼にメールしてランチに誘ったわ。もっと遅い時間になったらスタジオに行かなくて済むかも、って思って(笑)。それでランチに行ったら、席に座って彼が開口一番〈正直に言わなきゃいけないんだけど、今回のセッションは想像がつかなくて不安で、本音では気が進まなかったんだ〉って言ってきたの。で、〈実は私も!〉って、2人とも笑い出しちゃったわ。それで一気に緊張が解けて、彼みたいに才能があって業界でも尊敬されているような人でもそんな繊細な感情が創造的なプロセスにおいて生じるんだ、って感じたのは素晴らしい体験だった」。

FKA TWIGS 『LP1』 Young Turks/HOSTESS(2014)

※日本盤には『EP1』を全曲ボーナス収録!

 その成果は素晴らしい“Pendulum”に実を結んでいるが、余白の多いカンヴァスを細やかな音色の滴がノックするようなサウンドスケープは、いずれの曲にも共通する彼女自身のヴィジョンを体現したものなのだろう。プロダクション面はEPから大きく変わった印象はないものの、アルバムの尺を得たことで結果的にアレンジごとの多様さは見えやすくなり、レコーディング環境の変化から言葉の響き方に注意を払うようになった結果、歌の輪郭も際立ってきたように思える(彼女いわく今回のコンセプトのひとつは「歌詞がよく聴こえるようにすること」だったという)。

 なお、ツイッグス(小枝)とは、関節をポキポキ鳴らす癖から付いた呼称だという。それがFKAネームだとしたら、現在の彼女はいったい何なのだろう? 恐るべき傑作となった『LP1』に圧倒されれば、聴き手の各々が彼女に新しい名前を与えることができるかもしれない。

 

▼関連作品

左から、FKAツイッグスの2013年のEP『EP2』、2013年のコンピ『Young Turks 2013』、サンファの2013年のEP『Dual』(すべてYoung Turks)
※ジャケットをクリックするとTOWER RECORDS ONLINEにジャンプ