真一ジェット

堂々たる歌唱でアルバムの世界へ引きずり込む“真赤な太陽”

――ではアルバムの話に移りたいと思います。お二人は今回なぜ、昭和から平成にかけての女性シンガーの楽曲をカヴァーしたんでしょうか。

松川「去年の6月にオンラインで夏のイベントをやったんです。夏をテーマに色々なカヴァーをしたんですが、そのときにスタッフが〈これを盤にしたらいいんじゃないか〉と言ってくれて、それで今回の話が出てきたんですよね。

そこからみんなで曲を持ち寄って選曲をすることになるんですが、僕は元々昭和歌謡が好きで、特に女性目線で歌っている曲が好きなんですよ。そういった経緯から〈女性がその時代をどう生きてきたか〉というコンセプトで曲を引っ張ってきてアルバムにしたら面白いんじゃないか、というところに着地した感じですね」

――今回収録されているすべてが名曲と呼ばれる楽曲なので、全曲解説していただきたいと思います。まず1曲目は“真赤な太陽”。この曲が一発目にあることでアルバムにすぐ引き込まれたというか、松川さんの艶っぽい声にグッと惹かれる感覚があったんです。これはどのように選曲された曲なんですか?

『彼女の出来事』収録曲“真っ赤な太陽”。美空ひばりのカヴァー
 

松川「そもそもこの曲からアルバムが始まったんですよ。周りからも〈僕の声と合うだろう〉という意見をもらって選んだ曲なんですよね。元々松川ジェットはピアノと歌でやっていたので、1曲目は名刺代わりになるような、喉の開き切った声とガンガン弾いている感じのピアノでシンプルにドカンと行くようなものにしようと、作っていく中で決まっていった感じですね」

美空ひばりの67年のシングル“真っ赤な太陽”
 

――最初だけ聴くと“真赤な太陽”とは分からない、洒脱なピアノ・ソロによる入り方が印象的でした。

真一「最初のピアノのアイデアはケイスケから出たもので。元々は原曲の印象的なイントロから始まる予定だったんですけど、そこに入る前に何かピアノがあったほうがいいんじゃないかというアイデアをもらって。

あのフレーズがイントロの前についたことによってこの曲のインパクトが増したんじゃないかなと思いますね。ピアノからおなじみのイントロへ入っていくところを聴いて、〈おー!〉って思ってもらえる、そして歌声を聴いて〈おー!〉って思ってもらえる、2つの驚きを付与できたかなと思っています」

 

いかに艶っぽく女性を演じきれるかに苦心した“人魚”

『彼女の出来事』収録曲“人魚”。NOKKOのカヴァー
 

――次に2曲目の“人魚”はどのように選曲されましたか?

松川「これはスタッフから〈こんなのはどう?〉と提案してもらった中の一曲ですね。もちろん原曲を知っていましたし、何度も聴いたことのある曲ではありました。あとは、男性がそんなにカヴァーをしていない曲だったということも、ちょっと美味しいなと思って。

それにしても、よくぞこんな曲を作ったなと思います(笑)。〈なんだ、このアレンジは!〉と原曲について二人で話しながらカヴァーしたのが、すごく面白かったですね。あとは〈その時代にどういう女性が生きてきたか〉みたいなところが作品中やタイトルに入っているのも、流石という感じですね。実際に録ってみて、原曲の優しさを出せたので良かったなと思います」

NOKKOの94年作『colored』収録曲“人魚”
 

――この曲は特に歌うのが難しいだろうなと思ったんですが。

松川「めちゃくちゃ難しかったですが、僕に合っていたんだと思う。僕も声にクセがない方ではないので、NOKKOさんみたいに声にクセがある方の歌う曲がどちらかというと合うんですよね。もちろん難しさはあったし、アプローチはすごく悩んだんですけど、元来自分が持っているものには合っていたのかなと思いましたね」

――歌唱とアレンジ、それぞれどういう点に重きを置きましたか?

松川「この曲はAメロが肝だと思うんです、あそこでいかに艶っぽく女性を演じきれるか、情景を想起させるかがカギだと思ったので、キーをどこにしようかというのは特に悩んだ点ですね。半音ずつ下げたり上げたりしながら試行錯誤して、ちょうどいいところを探した感じです」

真一「この曲は原曲のアレンジがぶっ飛んでいて、それをどうカヴァーに落とし込もうかなと思ったときに、原曲をなぞることにしたんですよね。その中で生ピアノじゃなくて、エレピを主体にアレンジをしていったらすごくいい雰囲気が出たので、それを活かしました。音もすごく重ねているんですけど、実はベースを入れてないんです。ベースがないことで“人魚”のフワフワ感を出せたんじゃないかなって思います」

 

ジャジーなアレンジで生々しい少女の姿に迫った“少女A”

『彼女の出来事』収録曲“少女A”。中森明菜のカヴァー
 

――次は3曲目の“少女A”。これはジャジーな雰囲気が抜群でした。

松川「これは僕が選んだ曲ですね。自分はLACCO TOWERで歌詞を書くにあたって、日本語独特のいろんな意味を含んでいる言葉というのを大事にしていて、タイトルからの連想で歌詞を書いたりするんです。それもあって、僕はこの〈少女A〉というタイトルだけでやられてしまった部分があって。

あとは、あの時代の煌びやかなステージでスターになっている人がこういう歌を歌うというギャップにも胸を打たれたんですよ。この曲は変に自分っぽくやろうとかいう作為が入ることなく、自然と自分から出るものとして歌えたような感じがありますね」

――中森さんの曲ってジャズと相性が良いんだなと、これを聴いて思いました。

松川「原曲がとにかくカッコいいんですよね。だから〈アレンジをどうしようか〉みたいな感じで。ただそのままやるのも芸がないし、完成されているものをいじりすぎるのも良くないし」

中森明菜の82年作『バリエーション〈変奏曲〉』収録曲“少女A”
 

真一「リフから始まってバンド・サウンドに流れ込むという原曲のアレンジがカッコよくてそのままの形でやりたいと思うほどだったので、アプローチにはすごく悩みましたね。だから一旦アレンジは無視して、メロとコードだけを頼りに作っていったら、Aメロのベースラインが生まれて、その流れの中でだんだんとアレンジが出来ていったという感じです」

 

“ブルーライト・ヨコハマ”を録ってアルバムの方向性が見えてきた

『彼女の出来事』収録曲“ブルーライト・ヨコハマ”。いしだあゆみのカヴァー
 

――そして4曲目は“ブルーライト・ヨコハマ”。

真一「この曲は今までやってきたカヴァーの流れにいちばん近いかなと思います。松川ジェットではなく〈松川ケイスケと真一ジェット〉のままでライブを続けていてもいつかはカヴァーをしていたんじゃないかなというような曲で、ここに収録されるのがすごく自然ですね」

いしだあゆみの68年のシングル“ブルーライト・ヨコハマ”
 

松川「ファースト・アルバムって大抵、自分たちのことが分からないまま録るじゃないですか。それで分からないまま録ったものを聴いていくうちに〈俺らってこんな感じなんだ〉みたいに発見することがあると思うんですけど、僕にとってはこの曲がまさにそういうきっかけになっていて。声の使い方を含めて〈こういう感じのトーンでこういう雰囲気だったら今回いいかも〉と全体的に思えてきたのは、この曲からでした」

――この曲は何曲目に録られたんですか?

真一「けっこう早いですね。アレンジ自体は一番初めくらいですかね」

――じゃあ、このアルバムのキーとなる楽曲だったんですね。

松川「そうですね。早めにこの曲が録れてよかったなと思います」

――アレンジはビートの感じに今っぽい雰囲気がありました。

真一「リズムは少しR&Bに寄せているんですけど、ウワモノとかは普通にストリングスやベルを使ってポップ寄りの音使いをしています。松川ジェットの特徴である歌とピアノが全面に出てるアレンジに仕上がったので、この曲が初めの方に出来てアルバムとしての軸が生まれたかなと思いますね」

 

迷走の果てに作り上げた自信作“イミテイション・ゴールド”

『彼女の出来事』収録曲“イミテイション・ゴールド”。山口百恵のカヴァー
 

――お次は5曲目の“イミテイション・ゴールド”です。

真一「この曲はケイスケが山口百恵さんの曲をやりたいというところから持ってきてくれた曲ですね」

松川「この曲は、原曲が凄まじいんです(笑)。アレンジも含めて〈なんじゃこれ!〉という曲なんですよね。百恵さんって僕らの親世代の方なので、聴く前には当時のいわゆるポップスなんだろうなと思っていたんですけど、この曲を初めて聴いたときには度肝を抜かれて。そこからずっと自分の中に残っていたんですよね」

山口百恵の77年のシングル“イミテイション・ゴールド”
 

真一「アレンジに関してはこれが一番悩みました。元々はEDMに寄せたようなアレンジをしたいと思って作りかけていたんですけど、しっくり来なくて。かなり色々と試した結果、ピアノと歌だけに落ち着いて。結果これが一番良かったなという感じです」

――自信作になったと。

真一「そうですね! 自画自賛ですけど、ピアノだけでもこの世界観を生み出せたという意味でいいアレンジになったと思います」

松川「本当に迷走してましたからね(笑)。今だから言えますけど、この曲が一番危ないと思ってましたね」