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五感が揺さぶられる感覚を若い人たちに体験させたい

――そして今回、3周年記念のコンピレーション・アルバム『Spirit of ‘Days of Delight’ vol.1』が登場します。今まではハイレゾでしか聴けなかった土岐さんの“The Right Time”を含むセレクションですが、この選曲はどのように考えたのですか?

「1曲目を“Black Eyes”に決めた後は、何も悩まずスルスルと半ば自動的に決まりました。それこそ5分くらいしかかからなかったんじゃないかな。嬉しかったのは、アタマから聴いていった時に〈幕の内弁当感〉がなく、ひとつの統一的な世界観が通底しているように感じられること。〈寄せ集め感〉がないでしょう? それはやっぱり、演奏のクォリティーと音の質感が揃っていて、知らず識らずのうちにレーベルのカラーみたいなものが織り込まれていたからだと思います」

『Spirit of ‘Days of Delight’ vol.1』のトレーラー映像
 

――〈Days of Delightとは、こういうレーベルです〉と、作品みずから自己紹介しているような。

「僕のやり方は実にシンプルで、生演奏を聴いて僕の〈ジャズ・センサー〉が振り切ったらその場でレコーディングをオファーする。これだけです。マーケティングとは無縁。そういう単純なメカニズムで動いているレーベルだから、自ずとカラーが出てくるのかもしれませんね。とにかく僕がやりたいと思ったらやる。直感で決める。決断するのに5秒もいらない。なにしろDays of Delightには会議も稟議もありませんから(笑)。

レーベルの事業目的は、日本のジャズ・シーンで活躍する力のあるプレイヤーを世の中に送り出すことであって、金儲けではない。もちろんCDが売れなければ、つまりはリスナーに音楽が届かなければ、何もしていないのと同じだから意味がありません。その意味ではたくさん売れて欲しい。でも、だからといって〈売れるからやる〉〈売れるものをやる〉というモチベーションは皆無です」

――では、いったい何がモチベーションになっているんでしょう?

「若い人たちにジャズの魅力を伝えたいんですよ。打ち込みの音楽しか聴いてこなかったような世代に、肉体からほとばしり出る〈生身の音〉を知って欲しい。僕が若い頃に経験した、五感が揺さぶられるあの感覚を体験させてあげたいんです。必ずや彼らの感覚がひらくはずだから」

――それがDays of Delightの使命なんですね。

「そうです。もちろん簡単なことではないけれど、望みがないわけじゃない。仕事柄、僕はクリエイティヴな若者と付き合う機会が多いんだけど、残念ながら彼らはジャズを聴いていません。でもね、騙されたと思って聴いてごらん、って聴かせると、なんの音楽かもよくわからないのに〈お、カッケー!〉って言うんですよ、結構な比率でね。つまりクリエイティヴでありたいと願う感度の高い若者は、かなりの確率でジャズをカッコいいと思うらしい。それが希望です。

もちろん全員に好きになってくれとは言いません。でも、10人にひとり、100人にひとりでも興味を持ってくれたら、母数が膨大なわけだから、ものすごい数のジャズ・ファンが生まれるはずなんです。ただ〈こうすれば若い世代に確実にリーチする〉という方法があるわけじゃないから、手探りで試行錯誤するほかない。Days of Delightが積極的に動画制作に取り組んでいるのはそのためだし、逆に、あえて〈アルバム〉に力を入れているのも若い世代へのメッセージです」

――今のような時代だからこそ〈アルバム〉を?

「はい。〈今の若い人たちはサブスクを使って曲単位で聴くから、もはやアルバムという形式には存在意義がない〉って言われるじゃないですか。たしかにそうかもしれないけど、僕はその流れに与したくない。だって音源だけをバラバラに出していたら、音楽が消耗品で終わっちゃうじゃないですか。

演奏内容・音の質感・アートワーク、この3つがすべて水準以上にあるものだけを〈作品〉と呼ぶ。それがDays of Delightの理念です。そういうものを若い世代に届けたいんですよ。考えてみてください。宅録音源を配信するだけなら、だれでも出来るし、ひとりで出来ます。でもCDなどパッケージの流通は、演奏家に加えて、録音、ミックス、マスタリング、デザイン、印刷、プレス、流通、販売……それぞれに携わる多くの関係者の熱量が加算されてはじめて成り立つわけですよね。音楽はそういう高い熱量で作られてきたんです。僕は、こんな時代だからこそ、信用できるのは熱量だけだって言いたい」

 

熱量を羅針盤にした作品作りで安定したプラットフォームに

――遠くから見てもジャケットのデザインがDays of Delightのものだとわかるのも、ひとつの美学だと思います。

「50~60年代のブルーノ―トや70年代のスリー・ブラインド・マイスなど、僕がリスペクトしているレーベルはみんなそうだった。先ほど言った演奏内容・音の質感・アートワークが三位一体になってましたよね? Days of Delightもそうありたい。だからデザイナーもカメラマンもひとりに決めています。デザインは栗崎洋くんという若いデザイナーで、すべてのアートワークを彼と僕のふたりで作っていますし、写真はすべて、僕の仕事を撮り続けてくれている日比野武男さんです。

ゆくゆくは〈Days of Delightのクォリティーは間違いないので、どれを買っても安心だ〉という評価をいただけるようになりたい。そうなれば、まったく知られていない新人をリリースしても聴いてもらえる可能性が高くなるでしょう? いわば安定した発射台=プラットフォームです。このレーベルを日本ジャズの新たなプラットフォームにしたいと言ってきたのは、そういう意味なんです。50タイトルくらい出せば、少しはその状態に近づけるかもしれない。そう信じてやっています。これからますますアクセルを踏もうと思っていますから、あと3年くらいかな」

――マライア・キャリー、SHY-HI、安室奈美恵などに携わってきた録音エンジニアのニラジ・カジャンチさんも、近年のDays of Delightに欠かせない存在ですね。

「彼は大きなマーケットで勝ち続けてきた第一級のエンジニアです。今の時代に受け入れられる音とはどういうものなのか、今の若い世代はどういう音を快適だと感じるのか、といったことを熟知しています。僕ら古い世代のジャズ・ファンは、無意識のうちにルディ・ヴァン・ゲルダーの音作りを正義と考えがちだけど、それを単純に再現するだけでは、一瞬にして若者の内で〈オレたちには関係のない古い音楽〉に分類され、シャッターが下りてしまうかもしれない。彼はそのあたりを絶妙なさじ加減で調整してくれるんですよ。Days of Delightにとって、余人をもって代えがたい大切な存在です。

もっともDays of Delightをサポートしているエンジニアはニラジくんだけではありません。YouTubeで配信している〈Days of Delight Atelier Concert〉やライブ・レコーディングを主に担当してくれている小泉貴裕さんをはじめ、後藤昌司さん、田中徳崇さん、吉川昭仁さん、マスタリング・エンジニアの田林正弘さんなど、多くの技術者が参画してくれています」

――ずばり、今後のDays of Delightの抱負は何ですか?

「先ほども言ったように、信頼される存在になりたいです。そうなれば、もっと冒険できるし、もっとミュージシャンの役に立てる。そのためには実績と成果を積み上げ、レーベルの理念や姿勢に対する共感の輪を広げていくほかありません。まずはブレないこと。これからもマーケティングとは無縁の、気概と熱量だけを羅針盤にした作品作りをしていくつもりです」

 


RELEASE INFORMATION

VARIOUS ARTISTS 『Spirit of 'Days of Delight' vol.1』 Days of Delight(2021)

リリース日:2021年9月22日(水)
品番:DOD-018
価格:2,750円(税込)

TRACKLIST
1. 土岐英史 “Black Eyes”
2. RSTトリオ “845”
3. 土岐英史+片倉真由子 “After Dark”
4. 広瀬未来 “The Golden Mask”
5. 鈴木良雄+山本剛 “The Loving Touch”
6. 須川崇志バンクシアトリオ “Time Remembered”
7. 峰厚介 “Bamboo Grove”
8. 土岐英史 “The Right Time” ※ボーナス・トラック