一切の悔いがない

神門 『半袖』 半袖バイブス(2021)

 もっとも、そうした録音スタイルこそ引き継がれたものの、今回の『半袖』では必ずしもその作業がプラスに働かないこともあったよう。それは、アルバムにおける最大のテーマが、一音楽人として彼がとかく直面してきた〈売れる/売れない〉の問題だったことも関係している。

 「〈売れる/売れない〉っていう評価軸に対して思うことは1曲で表現しきれないから、いろんな角度でそれを炙り出したい、思いのすべてを表現したいなっていうのはありました。そうなった時に、自分自身売れてはおらず、売れてない側から発するメッセージになるわけで、どうしても歌詞にどっか青さを感じるし、そういう意味で、歌い込む前の当初のOKテイクのほうが今回の作品にはハマりました」。

 ともあれ、そのテーマを通じて、アルバムはみずから「これまでのキャリアを総括する内容」とも語るものとなり、自身のレーベル名から『半袖』とのタイトルに。ミックス作業でエンジニアに伝える要望をそのまま歌詞にしたような始まりから制作へのこだわりを窺わせるアルバム冒頭の“創作”。〈芸事の勝敗の判断基準〉は〈自分が「勝った」と思えるかどうか〉だと歌う“枚数”。そして、「いつになったら売れんの?」といった外野の声に一つ一つ曲で答えてみせる“半袖より愛を込めて”や“エールII”。さらには、作詞、曲制作を重ねていくなかで締めの1行に辿り着けたという“のど飴”……これらの楽曲がアルバム最大のテーマへのアンサーとして、それぞれに響き合う。

 「1曲に凝縮するんじゃなく、曲が合体した時の破壊力をイメージしたから、単発の曲はちょっと弱くなるんかな?っていうのはあったんですけど、結果的に一発一発しっかりとエッジのある曲になりました。だから『半袖』と付けられた」。

 日常にある人とのふとした縁をネタに、「笑える曲」として書いたという“素晴らしき日々”や、〈奥行きだらけ〉のこの世で〈新成人の心持ちで真っ新な今日を生きるのだ〉と心を歌う“晴れ着”、日一日と成長していく息子の姿に思いを巡らせる“二歳”など、「コンセプト・アルバムにはしたくなかった」という言葉通り、先のテーマとは違うベクトルの曲も数々収めた『半袖』。いわば一曲入魂で神経をすり減らしながら音楽に向かってきた彼が、160もの曲を残してなお歩みを止めぬそのことにこそ、〈売れる/売れない〉を越えた答えがある。

 「昔はフェスに出るとか有名になるとか、〈こういうことができたらいいな〉っていうことがありましたけど、いまは作るものに誠実に向き合って、リリースして、また次が作れることほど幸せなことはないと思っています。今回のアルバムもデザインからマスタリングまでとことん話し合って作り込めたんで、一切の悔いがないんです」。

 そう語る神門は早くも、コロナ禍をテーマにしたアルバムと、短い曲のみを集めた短編集の2枚を次作として構想中。音楽に打ち込む幸せと大いなる自負がいまも彼を突き動かす。「昔は作品内で出し切ることが怖かったんですけど、いまは出し切ればちゃんとご褒美で次に作るもののアイデアが生まれることを知ってます。だから今回も出し切れたし、ちゃんと次回作の構想も生まれました」――あとはそれを彼にしかできない形で作品として完成させていくのみだ。