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演奏に8時間を要する大作“道 The Road”

 ところで、ジェフスキは作曲家の著作権について折に触れて批判してきた。ひとつには私有財産に否定的な考え方からで、著作権は音楽活動を阻害すると彼は言う。もうひとつには、現代作品における演奏家の役割の増大という背景がある。図形楽譜の発達によって作品がグラフィック化すると、音楽は作曲家が作るのではなくて、実質的に演奏家によって作曲されるものになっていった。そうした作品の著作権はいったい誰に帰属するのかと彼は問いかける。ジェフスキ自身は、自らの作品の楽譜をウェブ上で無料公開している。

 ジェフスキの音楽作品は多岐に渡るが、やはり“「不屈の民」変奏曲”や“ノース・アメリカン・バラード”などのピアノ作品が筆頭に挙げられるだろう。バッハとリスト、チャールズ・アイヴズとヘンリー・カウエル、そしてジャズとミニマルを合体させたようなダイナミックで複雑、かつ心躍るような響きの世界は、ジェフスキでなくてはつくれなかった。

 ジェフスキは1977年から2003年まで、ベルギーのリエージュ音楽院で教鞭をとりながら作曲を続け、その後もさまざまな作品を残した。近年の作品でとくに注目されるのはピアノのための“道(The Road)”(1995-2003)で、全体は8部(64マイルの行程)からなり、各部は8マイル(楽章)で構成される。演奏に8時間を要する大作である。第1部の第4曲はフランスの核実験に抗議して作曲された。第二次大戦終結時に7歳だった作曲家は、ヒロシマの原爆投下に忘れることのできない衝撃を受けたという。それから50年後に、彼はその想いをこの曲に託した。まさに社会の動きを鋭敏に感じとり、激動の時代とともに生きた作曲家だったと言えよう。

 ジェフスキは2021年6月26日、イタリアのモンティアーノで娘と孫と食事中に心臓発作で倒れ、帰らぬ人となった。合掌。

 


PROFILE: フレデリック・ジェフスキ(Frederic Rzewski)
1938年、米国マサチューセッツ州生まれ。ハーヴァード大学とプリンストン大学にてヴァージル・トムソン、ロジャー・セッションズ、ウォルター・ピストンらに師事。1960年イタリアへ渡り、ダラピッコラに学びながら、現代ピアノ音楽の演奏者として活動開始。クリスチャン・ウルフ、ジョン・ケージ、デヴィッド・チュードアらより影響を受ける。1971年にアメリカへ帰国。1977年にリエージュ・ベルギー王立音楽院作曲科教授に就任。イェール大学、カリフォルニア芸術大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校、シンシナティ大学、ハーグ王立音楽院、トリニティ音楽院(ロンドン)など国内外の音楽学校や大学でも教鞭を執る。2000年には来日し、自作の曲を自身による演奏で披露。2021年6月26日逝去。

 


寄稿者プロフィール
柿沼敏江 Toshie Kakinuma

カリフォルニア大学サンディエゴ校博士課程修了。専門はアメリカ実験音楽、20-21世紀音楽。著書に「アメリカ実験音楽は民族音楽だった」(フィルムアート)、「〈無調〉の誕生」(音楽之友社)【吉田秀和賞受賞】。翻訳書としてジョン・ケージ「サイレンス」(水声社)、アレックス・ロス「20世紀を語る音楽」(みすず書房)などがある。現在、NHKカルチャー・オンライン講座〈調性と無調から読み解く「現代音楽」〉(2021年10-11月)を開講中。京都市立芸術大学名誉教授。