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多彩なオマージュに浮かぶ独自性

 そんなふたりによる古式ゆかしきアルバムで大半の曲をブルーノと共同プロデュースし、サウンドメイキングの要となっているのがDマイルことダーンスト・エミルIIである。R&Bプロデューサーとしてのキャリアは15年超ながら、今年はH.E.R.の曲でグラミーとオスカーをダブル受賞するなど〈時の人〉となった。ブルーノとはチャーリー・ウィルソンの“Forever Valentine”や嵐の“Whenever You Call”も手掛けているが、両者の結びつきは、Dマイルが全面制作したラッキー・デイの『Painted』をブルーノが愛聴していたことがキッカケだったという。

 アルバム全体に漂う70年代のフィーリングは、“Leave The Door Open”などでストリングス・アレンジを手掛けたラリー・ゴールドの手腕も大きい。かつてMFSB~サルソウル・オーケストラのチェロ奏者として数々のフィリー・ソウル名曲に関与し、ザ・ルーツ周辺の現代フィリー勢も支えてきたゴールド。そんな彼の多幸感溢れるストリングスは、ローズ・ロイス“Car Wash”などに通じるブギーなローラー・スケーティング・ジャム“Skate”でも効果を発揮し、ブルーノが演奏するシタールやコンガなどの音とともにノスタルジックなムードを醸し出す。夏の開放感やロックダウン緩和の解放的な気分ともマッチした“Skate“では、『24K Magic』にて大半の曲でペンを交え、ブルーノが共同オーナーを務めるラム・ブランド〈セルバレイ〉のジングルも歌っていたジェイムス・フォントルロイと共作。加えて、パークをメンターとする20歳前後のエクスペリメンタルなジャズ・ユニット、ドミ&JDベックのふたりも起用し、レジェンドだけに頼らず、若手とも組むことで風通しの良さを感じさせた。

 シングルとしては第3弾ながら、件の欧州ツアーで口にしたフレーズを元にブルーノとパークが初めて一緒に書いたという“Smokin Out The Window”は、悪女に弄ばれた男の悲哀をコミカルに歌った曲だ。ダップ・キングスのホーマー・スタインワイスがドラムを叩いたこれは、ブーツィーズ・ラバー・バンドの“I’d Rather Be With You”をスウィート・ソウルに変換したような曲で、ABC/ダンヒル時代のフォー・トップスに近いエモーションも迸る。かつてブーツィーに命名されたベイビーフェイスが『24K Magic』に続いてペンを交えた“Put On A Smile”はレニー・ウィリアムス“’Cause I Love You”やドラマティックス“In The Rain”に通じる寂寥感を漂わせながらも、徐々に熱を帯びてスケールを増していく。同系ではラストに登場する“Blast Off”も“Leave The Door Open”級の雄大さだが、こちらはアース・ウィンド&ファイアやスウィッチといったファンク・バンドがやる美麗なスロウ・バラードに近い。

 スウィートなバラードも含めて、パークが叩くドラムとDマイルやブロディ・ブラウンが弾くベースの骨太な音が際立つシルク・ソニックの音楽は、根幹にファンクがある。特にヒップホップのメンタリティーでオールド・スクールを捉え直すパークのファンク感覚は本作でも冴えており、ジェイムズ・ブラウンやカーティス・メイフィールドを思わせる“Fly As Me”と“777”はブレイクビーツ経由で再現したファンクといった趣だ。この2曲ではラリー・ゴールドのストリングスの代わりに、“Uptown Funk”にも関わっていたブー・ミッチェル(ウィリー・ミッチェルの息子)のもとメンフィスの名門ロイヤル・スタジオで録音されたホーンが威勢良く鳴り響く。ビッグ・ショーンもコライトした“Fly As Me”、デニス・コフィ風のサイケなギターが唸る“777”は、共にパークがラッパーとしての側面をアピールした曲とも言えるだろう。後者でのボ・ディドリー風ビートには、グラミー賞授賞式の故人トリビュートでリトル・リチャードのメドレーを披露したふたりの姿も浮かんでくる。

 ブーツィーとの連名でサンダーキャットが歌とベースでゲスト参加したのがスロウ・ジャムの“After Last Night”だ。女声のイントロからムーディーに迫るこれは、ブーツィーが客演したカリ・ウチス“After The Storm”の姉妹曲とでも言いたくなる妖美なナンバー。80年代初期風の音も含めて他の曲とやや趣が異なるのは、ステレオタイプスが制作に加わっていることも一因かもしれない。

 往時のさまざまな名曲やサウンドを想起させつつも、彼らならではのオリジナリティーを備えた9つの楽曲。ブルーノは愛車に搭載したCDプレイヤーで音質をチェックしているそうだが、甘茶な楽曲も含めてローライダー~チカーノ・カルチャーへの意識もあるかもしれない。30分程度の短くも濃密なソウル・トリップは、辛い日々を乗り越えた人々へのご褒美とも言えそうだ。2021年の音楽界に起きた奇跡として語り継がれていくだろう。 *林 剛

ブルーノ・マーズ関連の近作を紹介。
左から、マーク・ロンソンの2015年作『Uptown Special』(RCA)、エド・シーランの2019年作『No. 6 (Collaborations Project)』(Asylum UK)、嵐の2020年作『This is 嵐』(J Storm)

 

アンダーソン・パークが参加した近作を紹介。
左から、ナズの2020年作『King’s Disease』(Mass Appeal)、ビッグ・ショーンの2020年作『Detroit 2』(G.O.O.D. /Def Jam)、ポール・マッカートニーの2021年作『McCartney III Imagined』(Capitol)、2021年のサントラ『Shang-Chi And The Legend Of The Ten Rings: The Album』(Interscope)

 

参加アーティストの作品を一部紹介。
左から、ベイビーフェイスの2015年作『Return Of The Tender Lover』(Def Jam)、サンダーキャットの2020年作『It Is What It Is』(Brainfeeder)