現在、亡霊の居場所は存在するのだろうか

かつて存在した集合的な恍惚は、未来がゆるやかに消去されてゆくなかで、未来とともに失われていった。2020年のコロナ禍以降、クラブのフロアは文字通り無人となり、見捨てられた場所と化した。それはさながら、昨今のインターネットを回遊する、閉店後の消灯されたフードコート、真夜中のホテルの廊下、寂れたコインランドリーなど、無人の空間を写した、どこか不気味であると同時に懐かしさを覚える画像――リミナル・スペース(Liminal Spaces)と呼ばれるミームを想起すらさせる。非―場所。中間地帯(no man’s land)。無人と化したクラブのフロアの片隅、その暗がりに亡霊が佇む。〈I’ve no place left to go(私には行く場所がない)〉……。 

現在、一体どこに亡霊の居場所が存在するのだろうか。滞在客の存在しないホテルを舞台とした、極めてリミナル・スペース的なホラー映画「シャイニング」、その中に登場する亡霊空間としてのボールルーム(舞踏室)の管理人(ケアテイカー)にちなんだアーティスト名を持つケアテイカーは、2016年から2019年にかけて、アルツハイマー型認知症における記憶の解体と喪失をコンセプトとした『Everywhere At The End Of Time』なるシリーズ作品(認知症六部作)を断続的にリリースしている。その1曲目は、レコードのクラックルノイズがパチパチと音を立てるなか、取り憑かれたボールルームの遠い記憶である1930年代のソフトクラシックやジャズが浮遊するように鳴っている、というものだ。だが作品が進むにつれ、音楽の旋律はバラバラに解体され、ノイズと空無の向こう側へ霧散していく。それは記憶が失われてゆくプロセスと並行している。

ケアテイカーの2016~2019年作『Everywhere At The End Of Time』

計6時間以上ある、極めて長大でかつエクスペリメンタルなこのコンセプト作品が、ロックダウン下で鬱屈としていたZ世代の若者たちの間で奇妙な形で受容=消費された。『Everywhere At The End Of Time』のリスニングマラソンを敢行する〈ケアテイカー・チャレンジ〉なるムーブメントが、動画プラットフォームTikTokにおいて〈バズった〉のだ。同作を最後まで聴くと記憶喪失になる、といった都市伝説めいた扇情的な噂もバズりに貢献した。

 

ネットと資本主義の包囲に対する絶望的な闘争

かくして『Everywhere At The End Of Time』は、暇を持て余した若者の肝試し的なミームとして消費されるに至ったのだが、ここで問いに付したいのは、そうしたコンテンツ消費のあり方についての良し悪しではない。プラットフォーム資本主義に包囲された現在、クリックされた数が物を言うアテンションエコノミーが生成する諸々の捕獲装置から逃れることの根源的な難しさこそが問題なのだ。どのような音楽であれ、捕獲装置に捉えられ、コンテンツとして、ミームとして回収され、消費されてしまう。これはSNSをはじめとするインターネットの構造的な問題であり、現在を覆うもうひとつのアディクションでもある。ネットのアーキテクチャが触発する、コンテンツ消費、アテンション、承認への中毒。

かつてブリアルは、インターネットについて、フィッシャーに次のように語っていた。「誰にも知られないままでいたい。友達や家族のまわりにいるほうがいいし、俺が誰かなんてことに注目してほしくないんだ。俺が好きな曲はたいてい、どこのどんな奴が作ったかわからないようなものだった。そういう曲はひとを誘いこんでくる。そのほうがずっと曲を信じることができるようになるはずなんだ」(同上)。

フィッシャーは、「ひとつの顔になること」に対する拒絶や、デジタル文化によって課されている遍在的な可視性に対する抵抗などをブリアルの気質上の好みとして挙げていた。ビッグデータとアルゴリズムによるセグメント化とパーソナライゼーションによって個々人の顔=アイデンティティーが不断に可視化され、捕獲される状況に対して、ブリアルのサウンドは絶望的な闘争を仕掛けているように見える。

もちろん〈罠〉はそれだけではない。日々新たに生成されるジャンルによるカテゴライズ、文脈化とアナライズ、形容化と修辞、アナロジーとメタファー、といった諸々の言語化が音を取り囲み、然るべきアイデンティティーを与え、コード化する。今こうして書き連ねられているこの文章もまた、そうしたもののひとつに過ぎない、とも言える。結局、どれだけ修辞を重ねたところで、音楽そのものに近づくことは遂に叶わない。言葉は音の周りをぐるぐると、いつまでも旋回し続ける。のぼりきった梯子は投げ捨てられなければならない。

 

『Antidawn』は永遠の闇夜に捧げられた鎮魂歌である

2ステップのビートはリダクションされ、音の断片は鳴ったそばから蒸発し、気化してゆく。音楽のフォルムも顔も曖昧模糊としたまま暗闇の背後に姿を消す。そうすることで、行き場を失った亡霊をふたたび取り憑かせることが可能になるとでもいうように。

ブリアルは今も音楽を信じている。行き場を失った亡霊を取り憑かせること。それは取りも直さず、失われた未来に対する欲望を手放してしまうことに対する拒絶でもある。

『Antidawn』(=反夜明け)は、永遠の闇夜に捧げられた鎮魂歌である。亡霊の声は今も漂い続けている。

 


RELEASE INFORMATION

リリース日:2022年1月28日
配信リンク:https://fanlink.to/burialantidawn

■国内盤CD
品番:BRC693
価格:2,420円(税込)
国内盤特典:解説書封入
初回生産分のみステッカー封入

■輸入盤CD
品番:HDBCD050
価格:2,490円(税込)

■国内仕様盤LP 
品番:HDBLP050
価格:3,790円(税込)
初回限定日本語帯付き/解説書封入

TRACKLIST
1. Strange Neighbourhood
2. Antidawn
3. Shadow Paradise
4. New Love
5. Upstairs Flat

 

INFORMATION
HYPERDUB CAMPAIGN 2022
『Antidawn』の発売に合わせて、BEATINK.COMではHyperdubキャンペーンが開催中。キャンペーン期間中、Hyperdubの全商品(ブリアル『Antidawn』を除く)が10% OFFとなり、購入者にはレーベルロゴステッカーが先着でプレゼントされる。
期間:2022年1月28日~
10% OFF対象商品:Hyperdub全タイトル(12インチ/LP/CD/BOOK)
特典: Hyperdubロゴステッカー
https://www.beatink.com/products/list.php?category_id=3