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原発事故後の福島・富岡町を訪れたことで生まれた“Inori”

――収録曲のうち“Angelus Novus”は『Illogical Dance』、“Inori”はイレースト・テープスのコンピ盤『1+1=X』(2018年)に収録されていた楽曲の再録です。なぜこれらの楽曲を再録したのでしょうか?

「“Angelus Novus”は今回の収録曲の中ではとても古い曲で、何度もライブで取り上げてきたんですけど、やっぱりライブを通じて曲がどんどん成長していくんです。“Inori”もそうです。この2曲はライブをやり慣れてから録音したのではなくて、先に録音をしているんですね。その後にライブでやり始めたという順番だったのですが、どちらも録音当時と比べてどんどん変化していって、深みが出てきたり、当初は気づいていなかったことが見えてきたり、自分がこれらの曲を通してやりたかったことがわかってきたりしたので、成長した後の状態をもう一度ちゃんとパッケージしたいと思って今回のアルバムにも入れました」

『Aura』収録曲“Angelus Novus”“Inori”

――“Inori”にはアルバムの中で唯一、声以外の要素としてフィールドレコーディングが使用されています。福島第一原発から1キロの距離にある海辺で録音した音源とのことですが、レコーディングはハチスノイトさんがご自身で行ったのでしょうか?

「そうです。実は福島の富岡町に友人がいて、以前東京を拠点に音楽レーベルを運営していた方で、私が東京にいたときにお世話になっていたんです。ちょうどロンドンに移住する直前の2017年3月末、富岡町を含む4町村の一部地域で原発事故に伴う避難指示が解除されることになり、地元の人たちが集まる式典が行われました。そこでパフォーマンスをしてほしいとその友人に誘われて、参加させていただいたんです。“Inori”で使用しているのは、その次の日に現地でフィールドレコーディングした音源です。

もともと何か作品を作ろうと思って録音していました。当時東京にいた私も原発の悲惨さは感じていたので、最初は政治的なメッセージを込めた作品を作ろうと考えていました。けれどそのことを友人をはじめ地元の人に伝えたら〈そういうものは作ってほしくない〉とハッキリ言われたんです。地元の人からしたら、外部の人間が自分の作品のために原発事故を利用しているように見えたのかもしれない。それでとてもショックを受けて、自分がやろうとしていたことはいったい何だったのだろうと考え直すことになりました。私としては切実な思いを抱いて制作しようとしていたのに、地元の人の反応は全く違っていたんです。

そこからあらためていろいろ考えました。私が音楽を通してやりたいことは本当は何なのだろうと。考えた末に自分なりに出した答えが、外部からやってきて現地で録音した音源を使用して〈原発は危険だ〉と訴えることよりも、まずは地元の方々の感情や感覚、心の中の思いに寄り添うことが大事なのではないかということでした。震災後、福島は原発事故ばかりクローズアップされていましたが、そもそも他の被災地域と同じように地震や津波の甚大な被害も被っているのであって、地元の方々の中にはただただ深い悲しみだけがある方もいらっしゃったんです。

大事な人を亡くしてしまったり、ずっと住んでいた場所を失ってしまったり、帰りたくても帰れない状況であったり……そうした人々がいるなかで、アーティストのリアクションの仕方はさまざまだとは思いますが、私がやるのだとしたら、表面的な政治的メッセージを発信するのではなく、もっと根源的で人間的な部分を大事にしながら作品を制作したい。それが“Inori”が曲として成長した過程でもありました。徐々にフォーカスするポイントが変わっていって、今では自分に嘘をついていない作品になったと感じています」

ハチスノイト & Nobumichi Asaiの2017年の作品「INORI」。映像ではNobumichi Asaiが開発した放射能を可視化する装置〈Radioactive Visualizer〉を使用しており、ガイガーカウンターが空間内の放射能を検知し、放射能と同数の光の粒子がプロジェクションされている