複雑さと聴きやすさを突き詰めた傑作

以上を踏まえて『PHALARIS』について言うならば、複雑さと聴きやすさ、その双方を突き詰めた傑作ということになるだろう。『UROBOROS』『DUM SPIRO SPERO』で培った伽藍のような構造と、その路線の揺り返しからシンプルな仕上がりを志向した『ARCHE』(2014年)『The Insulated World』(2018年)という、直近4作での成果が全て活かされ、構造と衝動を高次元で両立する音楽ができている。

2014年作『ARCHE』収録曲“SUSTAIN THE UNTRUTH”

2018年作『The Insulated World』収録曲“詩踏み”

最初と最後に9分超の大曲を据えるマッシヴな構成で、どの楽曲も繰り返しが少なくどんどん展開していく変則的な造りになっているのに、一つ一つのフレーズがよく立っているからか、違和感や散漫な印象がほとんど生まれない※9。一般的な感覚では数曲作れる分量のアイデアを一曲に投入し、その上ですっきり聴き通させてしまう構成力は見事というほかなく、それはアルバム全体のまとまりの良さにも反映されている。

『PHALARIS』収録曲“Schadenfreude”

暗く絶望感に溢れているけれども浮き沈みはあまりなく、全曲を通して良い意味で安定したテンションに貫かれている本作は、聴き手の気分を過剰に揺さぶらずゆったりと浸らせてくれるホスピタリティに満ちており※10、最後の曲から最初の曲に滑らかに繋がる円環構造をなしていることもあって、つい延々リピートさせられてしまう魅力がある。媚びはないが配慮はある※11この在り方には、聴き手を無闇に感動させたり意地悪く搦めとろうとしたりするのではなく、ただ〈そこに居てくれる音楽〉といった趣があり、不必要なカタルシスを排した極上の鎮静剤として、むしろ救いの様相を呈してもいる。

その上で、音楽的な聴きどころも無数にあり、現代のヘヴィロックを考えるにあたって重要な示唆のある箇所も多い※12。このバンドだからこそ作り出すことができた、稀有の傑作アルバムなのである。

 

マニアックさとアクセシビリティを稀にみる精度で両立

本作は、ファンの間では〈素晴らしいけど特濃なので、ここから入るのはおすすめしない〉と言われていることが多いようだが、個人的には、これを最初に聴いても意外と問題ない気がする。音楽性は複雑ではあるけれども、その上で聴きやすく整理されているし、リピート喚起力が高いだけに、波長を合わせハマり込ませる効果も優れている。

メタルやヘヴィロックに慣れ親しみ、その基準を意識する者にとっては、音楽性の特殊さや高度さが印象に残りやすく、それが〈このいかつい仕上がりは初心者にはどうだろう〉みたいな危惧に繋がっているのだと思われるが、そんな基準を知らない人からすれば、〈謎だけど魅力的な音楽〉として、構造を把握するのは難しくてもパーツや雰囲気の美しさにぐいぐい惹き込まれるアルバムになっているのでは。マニアックさとアクセシビリティを稀にみる精度で両立する音楽。このバンドをこれまで知らなかった人にこそ届いてほしい傑作である。

『PHALARIS』収録曲“朧”