今回マリーザ・モンチと一緒に来日するバンドは、Dadi(ベース)、Davi Moraes(ギター)、Pupillo(ドラムス)、Pedrinho da Serrinha(パーカッション)といった編成。前記のリオでのコンサートに参加していたキーボード奏者と3人のホーン・セクションは残念ながら同行しないものの、いずれもマリーザにとって気心の知れた仲間たち。中でもベーシストのダヂは、約20年間にわたってマリーザのバンドの音楽ディレクターを務めてきた。こうしたバンド・メンバーたちと一緒の来日、しかも前述したようにすでに世界各地でライヴを重ねてきた上での来日公演だけに、なおさら期待が膨らむ。
マリーザ・モンチの来日公演は、今回で通算4回目。僕はマリーザが92年6月に初来日した際、彼女にインタヴューした。場所はホテルの一室でもなければ、レコード会社のオフィスでもなく、ライヴ会場の渋谷クラブ・クアトロから歩いて数分のところにある某喫茶店の談話室。当時はまだブラジルの国民的歌手ではなく、一人の新進アーティストに過ぎなかった彼女の扱いは、この程度のものだった。ただ、そのときのインタヴューでマリーザは、こんなことを語ってくれた。
「ブラジルは過去を持たない国。国民の大半は音楽のアーカイブに関心がなく、過去の偉大な遺産を振り返ろうとしない。だから、いわゆるブラジル音楽の名盤さえ容易に手に入れることができない」
マリーザ・モンチが前年の91年に発表したセカンド・アルバム『マイス(Mais)』 は、後にも一緒に仕事をすることになるアート・リンゼイが初めてプロデューサーを務めた作品で、当時ニューヨークを拠点としていた坂本龍一やマーク・リボー、バーニー・ウォーレル、ジョン・ゾーン等が参加した。つまり『マイス』はブラジル国内だけではなく、全世界に向けたアルバムだった。その一方で、マリーザは『マイス』で、カエターノ・ヴェローゾの“De Noite Na Cama”、カルトーラの“Ensaboa”、ピシンギーニャの“Rosa”、さらにはブラジル北東部の伝承歌であるクリスマス・ソング“Borboletta”といった、過去の偉大な遺産であるブラジル音楽の曲をカヴァー。しかも、各々の曲を斬新なアレンジで仕上げていた。だからこそマリーザの発言は説得力に富んでいて、彼女はたいへん聡明な女性だという印象を僕は家に持ち帰った。
マリーザ・モンチの過去の偉大なブラジル音楽に対する姿勢は、ポルテーラの草創期メンバーや長老で構成されたヴェーリャ・グァルダ・ダ・ポルテーラ(Velha Guarda da Portela)のアルバム『トード・アズール(Tudo Azul)』(2000)をプロデュースしたり、彼女自身も出演したドキュメンタリー映画「ミステリー・オブ・サンバ 眠れる音源を求めて(O Mistério do Samba)」(2008)の製作を買って出たことにも表れている。
が、マリーザ・モンチが単なる伝統回帰主義者でないことは、これまでの彼女のアルバムやライヴが証明している。彼女は、来たる5月11日の来日公演でも、ブラジル音楽の〈過去〉と〈現在〉、そして〈未来〉を同時に感じさせてくれるに違いない。
マリーザ・モンチ(Marisa Monte)
ブラジル/リオ・デ・ジャネイロ出身。名門サンバ・チーム〈ポルテーラ〉の役員の父親の影響もあり、幼い頃からブラジル伝統音楽、ポップ、ジャズ、ロックと多彩な音楽に触れながら育ち、イタリアでオペラを学んだ。19歳で衝撃的なプロ・デビュー・ライヴ。繊細なヴォーカルと生音をきかせるしなやかな音楽性で圧倒的な評価を得る。アルバム『マリーザ・モンチ』『ローズ・アンド・チャコール』はローリング・ストーン誌ブラジル版によってブラジル音楽史上ベスト100アルバムに選出。同誌はマリーザのことを〈現存のブラジルのシンガーとして最も重要な存在〉と評している。
寄稿者プロフィール
渡辺亨(わたなべ・とおる)
音楽評論家。著書に「音楽の架け橋」、「プリファブ・スプラウトの音楽」、「女性シンガー・ソングライターの系譜」。NHK-FM「世界の快適音楽セレクション」の選曲と出演。4月初旬にシルビア・ペレス・クルスと再会したばかりで、5月にはマリーザ、メロディ・ガルドーも来日……今から幸福感に包まれています。
LIVE INFORMATION
MARISA MONTE
2024年5月10日(金)ブルーノート東京 *SOLD OUT
開場/開演:18:00/19:00
■出演
マリーザ・モンチ(ヴォーカル/ギター)/ダヂ(ベース)/ダヴィ・モライス(ギター)/プピーロ(ドラムス)/ペドリーニョ・ダ・セヒーニャ(パーカッション)
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/marisa-monte/
~YEBISU GARDEN PLACE 30th Anniversary~
EBISU Bloomin’ JAZZ GARDEN
2024年5月11日(土)ザ・ガーデンホール
開場/開演:18:00/19:00
https://jazzgarden.jp/