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生まれた前後の音楽に興味があるし、好きだから自分のなかでリヴァイヴァルして、それが出ちゃう。洋服と一緒ですね(土岐)

――ところでベニーは新作『Studio』を発表したばかりですが、土岐さんは聴かれました?

土岐「今回は一聴して、声の処理と声のリヴァーブ感が興味深かったです」

ベニー「ヴォコーダーを使ったうえに、ミックス段階でも電子音の効果を際立たせたところがあるからね。ミックスはアメリカのステップキッズがやってくれた。僕がアムステルダムのスタジオにいる間に、並行してアメリカでやってくれたんだよ」

土岐「80sを思わせる音の感触で、懐かしさを感じさせるように音処理をしてるんだなって思いました」

BENNY SINGS Studio Dox/ビクター(2015)

ベニー「うん。でも意図的に80sっぽくしようとしたわけではないんだけどね。実はこのアルバムを作る少し前に新しいシンセサイザーを手に入れたんだけど、それが90年代産の、ちょっと時代遅れのものでさ。でもその時代遅れっぽさが妙に気に入っちゃって、〈これを使ってアルバムを作りたい!〉って気持ちになったんだ。トリップホップっぽい音をいい感じで出せて、それにインスパイアされたんだよ」

土岐「だからか、音の感触はソフトだけど、でも刺激的に感じられるんですよね」

ベニー「いかにもな現行音楽とは少し違うムードをキープしつつ、ちょっとクスッとなるようなおもしろい感じを入れたかったんだ。90年代のシンセを使ってるのに出てきた音が80年代っぽくなったのは、なんでだか自分でもわからないんだけど、それもおもしろいかなと」

――古めかしさが逆に新しいみたいな。レトロ・フューチャー感のようなものですかね。

ベニー「そうそう」

土岐「わかるなぁ。私は76年生まれなんですけど、生まれた前後の音楽に興味があるし、学生時代によく聴いてたのはそのあたりの音楽なんですよ。だからいまだにその当時の音楽が自分の表現のモチヴェーションになってるところがあるし、憧れもある。ベニーはどう?」

ベニー「同感。僕は77年生まれで、90年代あたりに70年代の音楽を相当聴いていた。それから徐々に80年代の音楽を聴くようになったんだ。ポール・マッカートニースティーヴィー・ワンダーにハマって、そのあとフィル・コリンズスティングへと移行していったという感じ」

土岐「私と流れがまったく一緒(笑)」

――土岐さんの作品にも80~90年代のポップ感覚がよく反映されたりしてると思うんですが、『Bittersweet』に関してもそのあたりを意識したところはありましたか?

土岐「サウンド的には、今回はそこを意識してなくて、どちらかというと〈いま〉ってことを考えて作りましたけど、“さよなら90s Girl”という曲もあるぐらいなので、歌詞のなかで過去の自分を振り返る部分はありましたね。でも自然と〈あの頃の音〉みたいなものを選んでしまっているところはあるかな。それをコンセプトにしたわけではないけど、好きだから自然に自分のなかでリヴァイヴァルして、それが出ちゃうとか。洋服と一緒ですね」

土岐麻子 Bittersweet rhythm zone(2015)

 ――なるほど。あと、ベニーの新作にゴールドリンクをフィーチャーした“You And Me”という曲があって、これはヒップホップ以降のビートを用いながらソフトに仕上げている。土岐さんの『Bittersweet』に収録されている“ラブソング”もまたそういうビートを用いながら、やっぱり聴き心地はソフトで、通じるものがあるなと思ったんですよ。そういうのは意識的なんですか?

土岐「うーん。私は〈いま聴きたいもの〉ってなんだろうと思ってあのアルバムを作っていたんですけど、そんなに新しいものを意識的にインプットしようとはしなくなってて。この1年くらいでよく聴いてるのは、ゴンザレスの『Solo Piano』と、あとノーティ・バイ・ネイチャーの90年代のもの。でもそれは完全に趣味で聴いてるもので、自分の作品に反映されるかっていうと、よくわからなくて。もしかしたら次の次のアルバムとかにノーティ・バイ・ネイチャーの影響が出るのかもしれないけど(笑)。だから、そういうのは意識して、というよりは自然に出てくるものかなーって思うんです」

ベニー「ノーティ・バイ・ネイチャーかぁ、ナイスだね(笑)。意識的ではなく、自然発生的に突然ポンと聴いてた音楽の影響が出ることがあるっていうのは僕もよくわかるよ。僕も曲を作るときはランダムにいくつかのサウンドを並べてみて、そのなかでそのときの気分に合ったものを残していくやり方をしている。どっちの音を選ぶかに意図はなくて、たぶんそれまで自分が聴いてきた音楽のなかで〈好きだな〉と思ってたものの影響がそこに自然に出るんだと思うんだ」

ノーティ・バイ・ネイチャーの93年作『19 Naughty III』収録曲“Hip Hop Hooray”

 

――お2人とも〈この音がいまの気分だな〉〈この感じってメロウだな〉〈この切なさは音楽的だな〉とか、そういうものを日常生活のなかでキャッチする感覚が優れているんじゃないかなとも思うんです。例えば雨の降った日の匂いであるとか色彩であるとか、そういうものを捉えて、それが後々曲のヒントになるというような。

土岐「確かに曇りの日や雨の日にいろんなインスピレーションがバーッて湧いてくることは多いですね。で、〈この感じを捕まえておこう〉って思ったら、iPhoneでメモしたり。それは音じゃなくて感覚的な言葉だったりですけど、それが後々歌詞になったりもします。あと、私にとって音は色と直結してるんですよ。音が色に感じられたりする。その好みも年々変わっていってて、昔はショッキング・ピンクとか鮮やかな色が好みだったけど、いまはペールトーンのものが好き。だからそういう音を自然に採り入れてるところがあるかもしれないですね」

ベニー「僕が音楽を捉えたり作ったりするときのキーワードになっているのは、〈ライト〉なんだ。それもふたつあって、ひとつは〈ライトな色〉ということ。暗さよりトーンの明るさを重視するってことだね。もうひとつは〈ヘヴィー〉に対しての〈ライト〉。重くないってこと。そのふたつがキーワードになっている。日常生活のなかでヘヴィーな気持ちになることも少なくないんだけど、それを覆すために自分の音楽にはライトさを求めているんだ」

土岐「そっかぁ。私はたぶん逆だな。根は明るいんですよ(笑)。でも、だからこそメランコリックな音楽に惹かれるんだと思う。そこでバランスを取ってるんですね」

ベニー「根アカなの(笑)? いいなぁ。僕は根暗ではないけど、どこかダークな部分が自分のなかにどうしようもなくあると思ってる。天気で言うなら雨の日が大好きなんだ。雨が降ると心が浄化されるような気持ちになる。晴れた日も嫌いじゃないけどね」

土岐「私は晴れてると仕事ができなくなっちゃうんですよ。つい外に行きたくなっちゃって(笑)」

ベニー「ハハハハ(笑)」

――ベニーは静かな時間をとても大切にしていそうなイメージがあります。パーティーに行ったとしたら、その最中よりも、そのあと家に帰ってひとりになったときにいろんなインスピレーションが湧いてくるタイプなんじゃないかなと。

ベニー「うん。パーティーは若い頃にずいぶんしたけど、いま一番好きな時間は、仕事を終えて、キッチンでワイン片手に料理をしてるときだったりするんだよね」

土岐「私もそうだなー。パーティーは若い頃からそんなに好きじゃなかったけど(笑)、やっぱり料理をしたり、ひとりで部屋で過ごす時間が前よりも好きだし、大事になってる。そういうときに何か生まれることのほうが多いですね。もちろん人と会って話すのも好きだけど、いまは大人数じゃなくて3人とか、そのくらいのほうがいいな」

――話は変わりますけど、もうひとつお2人の音楽に共通するものを僕は感じていて。それは曲のイントロの掴みが素晴らしいってことなんですよ。イントロが始まったらすぐに情景が見えてくるという。

土岐「ああ、確かにベニーの曲って、イントロからしていいですよね。うん、ベニーの曲は全部、始まり方が好き。3秒くらい聴くともう、これは絶対いい曲だってわかるんですよね」

――土岐さんの曲もそうですよ。

土岐「ありがとうございます。やっぱり、掴みは大事だなと思ってるから」

ベニー「うん、イントロの掴みはとても大事だよね。僕が曲を作る際によく使うのは、これがベストだっていうメロディーのパートを頭に持ってくるという方法。それって60年代のポップスの黄金ルールだったわけで、始まりからすぐに聴き手を惹きつけることができればその曲はヒットするというのが音楽業界の定説だったんだ。僕もその手法をよく取っている。そういう曲が好きだしね」

土岐「最近の欧米の音楽で、ベニーのおすすめってありますか? トレンドはチェックする?」

ベニー「それが、僕はもうほとんど音楽を聴かないんだよ。毎日作るほうに専念してるから、家に帰ったら静かにしていたくて、音楽は聴きたくなくなっちゃうんだ。トレンドもチェックしない。もうわざわざ流行りを追いかける必要もないと感じてるんだ。だから新しい音楽はほとんど聴いてないんだけど……。この2~3か月でわりとよく聴いてるのは、バード・アンド・ザ・ビーの『Recreational Love』(2015年)。特に流行りの音楽ってわけじゃなくて、僕くらいの世代が素直に気持ちいいと感じられる音楽なんだよね。あとはさっき土岐さんが言ってたゴンザレスも好きだし、モッキーもいいね」

バード・アンド・ザ・ビーの2015年作『Recreational Love』収録曲“Will You Dance?”

 

土岐「私も好き! 日本のアーティストで好きな人はいます?」

ベニー「あんまり知らないけど、コーネリアスは好きだよ。ほかに何かおすすめはある?」

土岐「私は自分の音楽に近いものより、遠いものに憧れて聴くことが多いんですけど、そういう意味でZAZEN BOYSが好き。おすすめです」

(ということで、PCでZAZEN BOYS“Weekend”を再生)

ベニー「ラウドなトーキング・ヘッズみたいな感じなのかな? うん、おもしろいね。日本は冒険をしているバンドがたくさんあるなって思う。オランダは、僕からするとそういうバンドがあんまりないんだよねぇ。僕の音楽をちゃんと聴いてくれてるなって感じるのもまず日本で、あとはアメリカとフランス。オランダやイギリスではそんなに反応がない。でも、それがどうしてかと考えてもしょうがないことでね。僕はどこどこの人たちを喜ばせる音楽を作ろうと考えるのではなく、それを超えたところで自分自身の音楽表現というものをしなきゃいけないと思っているんだ」

 


 

土岐麻子 愛のでたらめ 二見書房(2015)

アルバム『Bittersweet』の背景とも言うべき、〈愛・仕事・結婚・老後〉に惑う大人の女性に送るフォトエッセイ集。
発売日:12月10日(木)
定価:1500円+税
※詳細はこちら

 

毎日がクリスマス2015
~SUPPORTED BY (TOKYO FM) DEAR FRIENDS Xmas Special LIVE ~

出演:土岐麻子、おお雨(おおはた雄一+坂本美雨)
日時:2015年12 月15 日(火)
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
開場/開演:18:30/19:00
料金/4,000円(1D別、未就学児童入場不可)
http://www.tfm.co.jp/event/detail.php?id=358