いま日本国内でもっとも注目を浴びている若手ドラマーといえば、石若駿をおいて他にない。若干24歳ながらもその実力は誰もが認め、2014年にはテイラー・マクファーリンが来日公演の際に共演者として指名したのも記憶に新しいところ。昨年は若きポップ・マエストロ、北園みなみのミニ・アルバム『Never Let Me Go』に参加するなど、ジャンルを越えて注目を集めている。そんな彼が、ついに初のリーダー・アルバム『CLEANUP』をリリースした。〈JAZZ JAPAN AWARD 2015〉の〈アルバム・オブ・ザ・イヤー〉ニュースター部門、〈jazzLife DISC GRAND PRIX 2015〉ニュースター賞、〈ミュージック・ペンクラブ音楽賞〉ポピュラー部門のブライテスト・ホープ賞と各アウォードの新人賞をトリプル受賞した本作には、〈当代随一のドラマー〉という看板から連想しがちなイメージとは少し異なる、コンポーザーとしての魅力がたっぷりと詰まっている。ストレートアヘッドなジャズのサウンドを軸としながらも、多様なジャンルの断片が絶妙に埋め込まれた、唯一無二の個性的なアルバムに仕上がった。
そこで重要な役割を担っているのが、石若と同世代である91年生まれのギタリスト、井上銘だ。過去に2枚のリーダー作をメジャー・リリースしている彼もまた、新世代のトップランナーとして早くから注目を浴び続けている存在であり、『CLEANUP』に宿るレンジの広さや多彩なカラーリングをもたらしている(この2人が参加するモダン・ポップ・バンド、CRCK/LCKSもこれから注目すべき存在だ)。今回は『CLEANUP』の制作エピソードを軸に、日本のジャズの将来を背負う2人のキーパーソンが考えていることをたっぷりと語ってもらった。10代からの付き合いであるだけに、取材は終始和やかなムードで進行。2人のバックグラウンドやJ-Popへの興味、海外のジャズ・ミュージシャンとの交流や日本のシーンへの問題意識など、会話の内容も多岐に渡った。
駿くんも普通のジャズメンと同じように、
地道な道も通ってきているんだなって(井上)
――以前、井上銘くんが高校生の頃のライヴを観たことがあるんですよ。代官山でOOIOOとの対バンで。オマさん(鈴木勲)※が〈俺のバンドのギタリストは高校生なんだよ、すげーんだよ〉ってMCで自慢していた(笑)。それで(井上の)演奏がすごくて、会場全体がどよめいていたのを覚えてる。
※1933年生まれ。伝説的な〈幻の銀巴里セッション〉や名盤の誉れ高い『ブロー・アップ』(73年)など、多くの名盤を残しているジャズ・ベースのゴッドファ―ザー。アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズやサン・ラ・アーケストラに参加するなど、海外へも進出していた。近年はスガダイロー、丈青、小沼ようすけなど数多くの若手を発掘したり、KILLER-BONGとの『KILLER-OMA @BLACK TERROR』(2012年)やDJ KENSEIとの『New Alchemy』(2014年)といったコラボ作をリリースするなど刺激的な活動を続けている。
井上銘「実は駿くんに初めて会ったのも、オマさん繋がりなんですよ。17~18歳の頃かな」
石若駿「僕はオマさんのバンドに飛び入りしに行ったんですよ、新宿のJ(ジャズのライヴハウス)かどっかに。それで、オマさんから〈いいな、お前〉って言われて。それ以来、たびたび電話がかかってくるようになった。で、〈今度、中村恵介と井上銘とスタジオに入って曲を作りたいから〉と呼ばれて、そこで知り合ったんです」
井上「その時のことはよく覚えてますね。オマさんが目の前で弾いて(メロディーやコードを)教えてくれるんだけど、自分のペースでどんどん進んでいくから、俺が付いていけなくて〈え、え、え……〉ってなってたんだけど、その5分後くらいに駿くんが〈出来ましたー〉って譜面に書いていて(笑)」
石若「オマさんは口頭でいろいろ伝えるから、とりあえずそれをメモっておこうと思って、五線譜に書いていたんですよ」
井上「それを見て、〈ここのところは二拍三連ですか?〉ってオマさんに訊いたら、〈あー、そんな感じ〉みたいなね」
石若「すごくオリジナリティー溢れる曲が出来てたよね。それが高2くらいかな」
――早いなぁ。ちなみにオマさんのバンドって、どのくらいやってたんですか?
石若「最初にオマさんとやりはじめた時はトリオ編成だったんですよ。銘くんと3人で。KAMOMEとかエアジン(どちらも横浜のライヴハウス)でよく一緒にやってましたね」
井上「その後、僕は自分の最初のアルバム『ファースト・トレイン』(2011年)を作るのに専念することになるんですが。それでしばらく、自分のバンドでオリジナル曲をやってましたね」
石若「その後に銘くんがバークリーに留学して、日本に帰ってきてから、銘くんのセカンド・アルバム『ウェイティング・フォー・サンライズ』(2013年)の時に誘ってもらって一緒に録音したよね。“迷路”という曲があるんですけど。銘くんとレコーディングしたのはそれが最初ですね」
――「坂道のアポロン」※はいつ頃?
※2012年4~6月放送のアニメ版では、登場人物である川渕千太郎のドラム演奏/モーションを石若が担当した
石若「〈アポロン〉はその2年後ですね。19歳の時なので」
――銘くんがデビュー作を作ったのは?
井上「(当時)20歳でしたね。僕の場合はそれまでビバップばっかりやっていたから、オマさんのバンドではいろんなことをやらなきゃいけなくなって、大変な毎日でしたよ(笑)。それまではフルアコ(フル・アコースティック・ギター)をアンプに直で繋いで弾いていたので、エフェクターの使い方も全然知らなくて。とにかくいっぱいいっぱい」
――銘くんはもともと、宮之上貴昭※さんのところでギターを習っていたんでしょ? ジャズ・ギターの世界でもっともオーセンティックな人のレッスンを受けつつ、オマさんのバンドに参加するのは振れ幅がありすぎる(笑)。石若くんは、一緒にやる前から銘くんのことは知ってた?
※日本を代表するジャズ・ギタリスト。オクターヴ奏法の名手で、ウェス・モンゴメリーに由来するオーセンティックなジャズ・ギターのスタイルを追及していたことでも知られる。幻のデビュー作『ホワッツ・ハップンド?ミヤ』(78年)が2012年にリイシューされるなど、和ジャズ・ファンやDJからも人気が高い。
石若「名前を初めて聞いたのは、高田馬場のイントロ(ジャズ・セッション・バー)でしたね。〈すごい高校生のギタリストがいる〉って評判をいろんな人から聞いていて。ベーシストの織原良次さんが〈超ヤバイ奴がいる〉とよく言ってました」
井上「イントロに初めて行った時は怖かったなぁ。〈ジャズでセッションといえばイントロでしょ〉みたいなイメージがあったから、恐る恐る扉を開けてみたんですけど、(出演者)みんなの下ネタもヒドくて(笑)。僕はまだ17歳のピュアな少年だったので、普通にテンパってましたね」
石若「僕もその頃から(イントロに)行ってました。(地元の北海道から)東京に出てきて、ジャム・セッションできる場所を訊いたらイントロを勧められたから、高校の授業が終わったらイントロに行って叩く、みたいな毎日で。でも銘くんとはすれ違いで、なかなか一緒に演奏できなかったんだよね」
井上「たまたま最近、駿くんとも当時の話になったんですけど、駿くんは子供の頃からジュニア・オーケストラで叩いたり、日野皓正さんと共演していたりしたから、普通のミュージシャンが育つ過程と違うところから出てきた人なのかなと思ってたんです。でも、セッションを重ねたり、普通のジャズ・ミュージシャンと同じように地道な道も通ってきているんだなって」
――確かに。普通の過程は飛び越えて、最初からフックアップされ続けているイメージだもんね。
石若「東京に出てきた頃には、まだジャズのことが全然わかってなかったんですよ。ジャム・セッションに行くようになって、〈AABA〉(ジャズの楽曲における基本的な構成の形式)も知ったし、初めて演奏する曲でも、曲のサイズ感を1回やっただけで覚えるといったことも練習することができた。聴いたことはあるけど、楽譜がどうなっているかわからない曲を勉強したり。ジャム・セッションはそういう場所でしたね」
――意外と叩き上げなんですね。ちなみに、銘くんはいつ頃ジャズを始めたの?
井上「まずは15歳の時にギターを始めて、ジャズは16歳になってからですね。高校に入る直前に、親父がブルーノート東京に連れて行ってくれて、マイク・スターンのライヴを観たんですよ。それまでずっとロックをやっていたんですけど、その時のマイク・スターンのスタイルがロック・キッズにも届く感じで、〈これもジャズなんだ!〉と衝撃を受けて、そこから興味を持ちはじめました。そこから(ジャズ・ギターのスタイルを)まっすぐ遡っていったから、高校生の頃はウェス・モンゴメリーとかパット・マルティーノをめっちゃ聴くようになって。そこから宮之上さんに習いに行く、といった流れですね」
――なるほど。そこから2年後くらいで、イントロのセッションに行くようになったわけだよね。最初に観た時から、銘くんの演奏は上手かった?
石若「上手かったですね。〈これが始めて2年!?〉みたいな感じでしたもん。なんでそんなに弾けるんだろうって感じ」
井上「いま振り返ると、その頃はジャズのソロを弾くことに特化した練習しかしてなかったんですよ。だから、ソロを取ることだけは上手かったんだと思います。ギターっぽいフレージングとか、バッキングはあまりやってなかったから、円グラフにするとバランスが悪そうな感じというか。どちらかと言うと、僕は不器用なんですよ。融通も利かないし、自分のなかで消化しないと弾けないから」

ジャズメンだったら即興に使っている脳を、
J-Popは曲の構成やエフェクトに使っていておもしろい(井上)
――では、そろそろ『CLEANUP』の話に移りましょうか。銘くんにとって、石若くんはどういうバンマスだったの?
井上「僕は駿くんを尊敬しているんです。『CLEANUP』のレコーディングの時もそうだし、角田隆太や小田朋美と一緒にやっているCRCK/LCKS でもそうだけど、僕がギター・パートで何を弾いていいかわからない時は、駿くんに訊くんですよ。そうすると、いつも新鮮なアイデアを出してくれる。常に客観的になって意見してくれるんです」
石若「僕はギターがすごく好きなんですよ。ドラマーじゃなかったらギタリストになりたいくらい。ドラムなどのリズム楽器は世界各地の民族音楽に、メタルやファンク、ジャズ、ブラジリアン、クラシックなど、ジャンル的にもスタイル的にも、その時にやる音楽によってカメレオンみたいに変化させたりしますが、ギターも似ている気がするんですよね。例えばテレキャスター、ストラト、レスポールなど、それぞれの楽器が得意とするサウンドや見た目の特徴とかがあるじゃないですか。フライングVがステージに出てきたら、〈ディストーション系の音を出すのかなー、この人は〉みたいな感じで」
――うんうん。
石若「ドラムで言うと、ハード・ロックをやるならバスドラを24とか26インチにしたり、シンバルをギンギンなサウンドにしたり――まあ、そう考えたらどの楽器も一緒ですけど(笑)。要するに、hideがめちゃくちゃ好きだったという話です(笑)」
――ハハハ(笑)。でも確かに、『CLEANUP』には石若くんがギターが好きな感じが出ているよね。基本的にはストレートアヘッドなジャズをやっているアルバムなんだけど、ギターが入っている曲ではギタリストにいろんな演奏をさせていて、それがアルバムをおもしろくしている。石若くんはギタリストに対するアイデアがたくさんある人なんだと思いました。銘くんにはどういうリクエストをしていたの?
石若「いやもう、〈自由にやって〉と。僕の曲はコード・チェンジがエグイし、演奏するのが難しいんですよ。それで、銘くんはコードの上でがんばるよりも、その上を狙ってやってくれたからすごく良かった。音色もそうだし」
――なるほど。“The Way To Nikolaschka”はエフェクトも巧みに使っていて、サイケデリックでインディー・ロックっぽいところもある曲だよね。
石若「あのエフェクトは、銘くんのアイデアなんですよ」
井上「曲のメロディーではエフェクターは使ってなくて、ソロから使ってるんだよね。このアルバムはすごく勉強になったんですよ。駿くんが良い意味で、ギリギリ(のタイミング)で注文をしてくるから。自分のレコーディングだと練りに練って、1年くらいかけて曲を書くし、リハもしっかりやって、弾くことも完璧に決まっている状態でスタジオに入るんですけど、今回はギリギリで〈こんなのない?〉って駿くんが言うから、その場で一生懸命考えてチャレンジした。それがおもしろかったね」
石若「普段の銘くんではあり得ないような演奏が、たくさん聴けるアルバムになったよね」
――“The Way To Nikolaschka”ではどういうリクエストを出したの?
石若「ここも銘くんのことだから、なんかしてくれるだろうなと思って任せました。〈どうしたらいい?〉って訊かれても、〈自由にやって〉と」
――エフェクターは何を使っているの?
井上「音が遅れて聴こえるヤツは、〈アウト・ヴォリューム・エコー〉というディレイの一種です。普通にかけると減衰しないで音が伸びていくんですよ。それをめちゃくちゃ短くかけると、ピッキングのアタックが消えたような音になる。笛を吹いているみたいな気分になるというか、こういうエフェクターを使うと出てくるアイデアが変わってくるからおもしろいですね」
――そもそも、以前に出した自分のリーダー作は〈コンテンポラリー・ジャズの正統派〉という感じだったし、そういうエフェクターを使うイメージもあまりなかったから、意外だったんだよね。ライヴでは使っていたの?
井上「いろんな音色を使って変なことをしてほしいとか、そういうリクエストが多くて、それに応えているうちに自分のものになっていってる感じがしますね。自分がリーダーの時は意外と真面目に弾いているかもしれない。他人のアルバムだと挑戦できるというのはありますね(笑)」
――最近だとマシュー・スティーヴンスやヤコブ・ブロ、ベン・モンダーみたいに、フレーズやラインというよりは、〈色付け〉みたいなことがジャズ・ギタリストに求められるケースも多いから、きっと銘くんもそうなんだよね。
井上「現代のジャズ・シーンで僕みたいなギタリストに求められるのは、そのへんかもしれないですよね。実際、いまはギタリストにエフェクティヴなサウンドを求められることが多いですよ」
――そういう状況のなかで、最近はどういうギタリストを聴いてますか?
井上「いま一番聴いているのは、長岡亮介さん。ペトロールズのフロントマンで、(浮雲として)東京事変にもギターで参加していて、あの人ばっかり聴いちゃうんですよね。最近はタワレコに行ってもJ-Popがおもしろいなと。ジャズメンだったら即興の部分に使っている脳を曲の構成に使っていたり、すごくこだわって作っていて、そういうバンドの努力が音から聴こえてきますよね。そういう耳で聴くと、楽しくてしょうがない」
――へー! 最近聴いたJ-Popのアルバムは?
井上「この前、買ったのはKIRINJIや星野源とか。今日は(取材が終わったら)tofubeatsを買って帰ろうかな。YouTubeで観て一気に好きになったんですよ。カッコイイんだよね」
――そういう思考回路でやっているジャズ・ミュージシャンも最近は多くなってるよね。これまではインプロやバッキングに比重を割いていたけど、そのへんは銘くんならできるだろうから、次は作曲や編曲とか、他のところを拡大したいって感じだよね。
井上「ポップスやロックのバンドの人たちは、エフェクターの使い方がジャズ専業のギタリストよりも上手いですよね。よく研究しているし、〈こんなアイデアもあるんだ〉ってすごく勉強になる」
――そういうふうに、演奏すること以外にも強く意識が向くようになったのはどうして?
井上「前にヴォーカル、ギター、キーボード、ベース、ドラムという編成でバンドを作ったんですよね、いまはもうやってないんですけど、(ジャズではなく)ポップな曲をやるバンドを初めてやってみた時に、すごく必要性を感じて。そこからですね、聴くものが変わってきたのは」
石若「移動で銘くんの車に乗せてもらったら、ホセ・ジェイムズがかかっていて。あれはびっくりしたな。〈あ、ホセとか聴くんだ〉みたいな。そういう思考になりはじめた頃かな」
――確かに、銘くんは〈ずっとギターを聴いてる人〉みたいなイメージがあったから意外かも。現代のジャズ・ギタリストだと誰に興味あります? 例えばジュリアン・ラージは歳も近いんじゃない?
井上「ジュリアン・ラージはすごすぎて、なるべく(YouTubeを)観ないようにしています(笑)。3年くらい前まではかなり好きだったんですけど、すごすぎて、現実味がないんですよ。フレッド・ハーシュとのデュオも観たけど、あれもすごく良かった」
――他にも気になってる人はいる?
井上「ニア・フェルダーにレッスンしてもらったことがありますよ。NYにいた頃に彼のライヴに通っていて、当時もレッスンしてもらいたかったけど、なかなかスケジュールが合わなくてできなかったんです。でもこの前、来日した時についにレッスンしてもらいました」
――ニア・フェルダーは格好良いよね。インディー・ロックっぽいフィーリングが、ジャズのソロやバッキングともスムースに繋がっているというか。
井上「僕も一番好きかな。歌のないロック・バンドみたいなサウンドで、CDを聴いているとヴォーカルが欲しくなりますよね(笑)。ニアは自分のバンドでは見せないですけど、55バー(NYのジャズ・ハウス)とかで誰かのバンドに参加している時のファンキーなプレイもカッコイイんですよ。カッティングの感じとかも素晴らしくて」
――ニアのレッスンはどうでした?
井上「めちゃくちゃシンプルなアイデアをいろいろ教えてくれました。井上淑彦さんの“Fireworks” というすごく好きな曲があるんですけど、ニアに初見で弾いてもらいたくてリクエストしたら、やってくれたんです。個人的にはコード・チェンジが課題になる曲で、ニアの演奏は格好良かった。その次に、僕が(同じ曲の)ソロを弾きはじめたら20秒くらいで止められたんです。〈ディミニッシュ・スケールをちゃんとやってこなかっただろう?〉って。〈よくわかりましたね……〉みたいな感じで」
――ハハハハ(笑)。
井上「そしたら、ディミニッシュだけでBPM300台くらいの超速いフレーズを3分くらいひたすら弾きはじめたんですよ。どうやったらそんなのできるんだろうって(笑)。あれはすごかった」
僕はめっちゃ叩くイメージだと思うけど、
自分の曲だとドラムのことはそこまで考えていない(石若)
――また『CLEANUP』の話に戻りましょうか。“A View From Dan Dan”はすごくフォーキーな曲だけど、ああいう演奏は普段からしているの?
井上「しないですね。レコーディングでギターをジャンジャカしたのは初めてだったので、3日前くらいから練習しましたよ。ジャンジャカ弾くのも奥が深くて、シンガー・ソングライターのそういう演奏が好きなんです。専業ギタリストの演奏よりも、身体とギターが一体化しているように聴こえるんですよね」
――あー、確かに。
井上「ちなみに、駿くんの曲は譜割や拍のタイミングが独特で、跨いでいかなきゃいけないから、ただ普通に弾いてるわけじゃないんですよ。右手はすごいシンプルだけど、左手は規則的ではないコード進行をしなくちゃいけないというのが難しかったですね」
――そうか、難しい曲なんですね。
石若「譜面を見たら相当難しいんですけど、そう聴こえないようになっていますね」
井上「そう、シンプルに聴こえる。実はこの曲が一番緊張しました。フォーキーなところから、ソロでいきなり歪んだサウンドに変えるのを一発録りでやってるんですよ。普通のレコーディングだったら、そこは分けて録ると思うんですけど、それを一発でやるから自分で繋がないといけない。ソロになったら(エフェクトを)切り替えて、終わったら演奏のヴォリュームも戻して、ということへのプレッシャーがありましたね」
石若「しかも、この曲は半音下げチューニングでお願いしたんです。(普通の)ジャズだとあり得ないですよね。キーがE♭で、最低音がEなんですけど、ジャーンてやってた時にE♭も一緒に鳴っていてほしいから、わざとそこを下げて。そのへんはロックっぽい」
――〈一発で録る〉というのはこだわり?
石若「今回はそれしかないなと思って。そんなに作り込む感じの曲でもないし、一発でやることでその時の匂いやムードといったものが出るかなと。あとは全部分けて録った時の、綺麗すぎる感じが好きじゃないんですよ。それよりは泥がちょっと付いているくらいの質感のほうが好きですね。ということで、今回はベーシストだけブースに入って、あとはみんな同じ部屋で録りました。わりと思いきり叩いたけど、ちょうどいい成分が重なってましたね」
――ジャズのアルバムを録るには、そのほうがいい場合も多いよね。
石若「もし次にビート・ミュージック系のアルバムを作ることになったら、ドラムは絶対に別の部屋にして、一発録りではあり得ないことに挑戦したいですね。今回はジャズのアルバムを作ろうということだったから、そのために自分がベストだと思うシチュエーションでやらせてもらった感じです」
――そういう空気感も含めて、ストレートアヘッドなジャズ・アルバムになったよね。
石若「たまたまなんですよ。学生時代から書き貯めていた曲が多くて、それをアルバムにして形に残そうと思っていたので、何かコンセプトがあったというよりは、自分のオリジナル曲をたくさん集めた作品集、みたいな感じですね。バラバラにあるものを収めようとしたから、自分でもどんなアルバムになるのか想像つかなかったし、それで出来上がってみたら、結果的にストレートアヘッドなジャズに聴こえるという感想が多かった」
井上「それなのに、すごく成熟したアルバムだよね。レコーディングはわりとフワッと進行していて、その場のノリで作った印象だったんですけど、完成してみたらすごく良くて。自分がこれまで参加したアルバムのなかで一番好きかもしれない」
――そうそう、成熟しているんだよね。あとはドラマーがリーダーだからドラム自体が目立つわけではないというのも、いまやあたりまえのことだけど、それにしても控えめだね。
石若「そうですね、ソロも1曲のワンコーラスくらいしかないし。石若駿といえばめっちゃ叩くイメージだと思うんですけど、今回はあまり叩いてないですね。宮川純バンドだったら、彼らがやりたいことがわかるから、〈こういう風に叩いてほしい〉というリクエストに応えて叩きまくったりもするんですけど、自分の曲だとピアノで作っているのもあって、実はドラムのことはそこまで考えていないんです」
――ドラムからというか、リズムから作った曲はない?
石若「ないですね。どれもメロディーとハーモニーから作ってました。今度はリズムから作るのもいいかなと思いますけどね。クリスチャン・スコットの『Stretch Music』みたいに。アレは絶対にリズムから指定して作っていると思うんですよ。そういうふうに、ドラムから作るのもおもしろいかなと」
――ブライアン・ブレイドやアントニオ・サンチェスも、作曲家のモードになったら、ドラマーとしての自分をそこまで考慮していない感じがするもんね。作曲家として取り組むとそうなるもの?
石若「そう思いますね」
――ドラマーは〈あえて控えめにする〉くらいの感じがあるよね。アート・ブレイキーやマックス・ローチのような、自分で曲を書いてないリーダーは叩きまくっていたけど。
石若「作曲家としてやるかどうか、そこじゃないですかね」
――ギタリストは逆だよね。(リーダーの)ギターが中心になるイメージだし、いかにもギターで作りましたって感じの曲になるし。
井上「ギタリストは出ますよね。そこが弱点でもあるかなとは思います。ちなみに、『CLEANUP』のミックスの感じを聴くと、ドラムの音色が良く録れているから、そういう意味ではドラムのリーダーっぽい気もしますね」
石若「最終的には、ドラムの音をかなり出しましたね」
――最初は、もっと小さくしたいと言ってたらしいじゃないですか?
石若「みんながもっとドラム(の音量を)上げてと言うんです。〈これだとドラムしか聴こえないよ〉と思ってたんですけど、完成してみたら大きくして正解でしたね。
井上「そうだよ、ドラムがデカめのミックスは迫力も生まれるし」
――石若駿のファースト・アルバムだし、きっとドラムがすごいことになっているんだろうと思う人もいただろうけど。
石若「ドラマーとしての自分を求めている人も多いというのはわかってましたけど、今回は作曲家としての石若駿を出してみました。だって、いつもライヴで叩いているからいいじゃないですか(笑)。ドラムを聴きたかったらライヴで観てほしいですね。東京ザヴィヌルバッハの時とか相当叩いてますよ。いつも大変なんです、ライヴが終わった後に腕が腫れてますもん(笑)」
――ハハハ(笑)。レコーディングでしか出せない自分というのもあるからね。ちなみに、北園みなみが昨年末にリリースしたEP『Never Let Me Go』に石若くんや若手ジャズメンが参加したのも話題になったよね(※北園のインタヴュー記事はこちら)。レコーディングはどんな感じだったの?
石若「譜面がガッツリ用意されていて、難しかったですね。魚返明未くんや楠井五月さんもいるし(即興的で)ラフな感じかなと思って行ってみたら、譜面があるじゃんって。しかも、タムの位置まで全部書いてあって、ドラマーが普通はやらないことも指定してあったんですよ。〈ここからここまでの1小節の間でスティックからマレットに持ち替えて、タムを叩きながら、左足は3連符で刻んでください〉みたいなのとか」
――へー、おもしろい!
石若「たぶん、北園さんは僕らのサウンドが欲しかったんでしょうね。もともとSoundCloudで(北園の)曲を聴いててカッコイイと思っていたし、レコーディングもすごく楽しかったです。ただ、北園さんはライヴをしない主義らしいのが残念ですね。個人的にはライヴしてほしいな」
――こうやって、いろんなフィールドでジャズ・ミュージシャンが起用されていくようになるとおもしろいよね。ジャズに興味を持ってくれるリスナーも増えるだろうし。
井上「確かに。ジャズのリスナーといえば50~60代くらいの人が多い印象があって、それは自分たちの上の世代が獲得してきたファンだと思うんですよ。それから自分がその年齢になった時に、誰の前で演奏するんだろうという不安はありますからね」
――でも、石若くんが関わっている〈JAZZ SUMMIT TOKYO〉は、2人と近い世代のファンを時間をかけて作っていこうというプロジェクトだし、いまはそういうアクションをやりはじめたところでもあるよね。最近は仲間が増えて、やりやすくなった感じはあるんじゃない?
井上「そうですね。ここ2年くらいで同世代の仲間が一気に増えたという実感もあって。だから、みんなで何かができる気はしています。先輩のジャズ・ミュージシャンたちを見ていて、その世代ごとのカラーみたいなものを感じるんですよね。大坂昌彦さんの世代、小沼ようすけさんの世代といったふうに。僕たち20代前半はまだハッキリしていないけど、これから20代後半に差し掛かっていくなかで、そういうカラーが出てくるとおもしろいかなと」
――黒田卓也や小川慶太、中村恭士といった30代はアメリカに留学して、そのままアメリカに残って活躍している人が脚光を浴びているイメージがあるけど、石若くんや銘くんの世代は、海外で活躍している人もいるものの、日本をメインに活動している若手がどんどん注目されはじめている印象があって。そこに僕はワクワクしているんだよね。
石若「大坂さんも同じようなことを言ってました。〈最近は、日本で活動しているミュージシャンががんばってていいよね〉みたいに。ここからおもしろいシーンを作っていけたらいいかなと思ってます」
