とても魅力的な、耳が真っ先に特別な感触を覚える声の持ち主である。レコーディング時の彼女の年齢が15歳であると知り、そのヴォーカルが帯びる深みを鑑みて驚くと同時に、倍音成分が強く中性的に震える声色を脳内で反芻し、合点がいくところもある。
映画「世界から猫が消えたなら」の主題歌“ひずみ”でデビューしたHARUHIは、表題曲を含む全4曲が収録されたこの処女作で、みずからが歌う理由を確かに示している。生まれはLA。その後すぐにNYに渡り、日本とアメリカを頻繁に往来する生活を送ってきた。現在は日本のインターナショナル・スクールに通っており、日常会話は日本語より英語のほうが流暢に話せるという。
「小さい頃から音楽を聴くのは大好きで、学校のクワイアでゴスペルを歌ったりしていたんですけど、なかなか上手く歌えなくて、自分の歌に全然自信がなかったんですね。歌と真剣に向き合いはじめたのは、12歳のときでした」。
そのきっかけは、学校で行われたミュージカルのオーディションを受け、主役に抜擢されたことだった。
「当時はいじめられていて、自分に自信もなかったし、ちっぽけな存在だなと思っていたんです。そんな自分がイヤで、思い切ってミュージカルのオーディションを受けてみたら、大きな役をもらえて。それから半年くらいかけてヴォーカルの先生に付いてもらって必死に歌を練習しました。ミュージカルの本番を迎えて、舞台で歌った瞬間に〈やっぱり私は音楽を表現しながら生きていきたい〉と思ったんです。それから小さい頃に少し弾いていたピアノやギターにもう一度触れるようになって」。
幼少期から家で流れていたビョークやヴェルヴェット・アンダーグラウンドを聴き、ミュージカルへの出演を経て、ロックやメタルも聴くようになったという。並行して、フランク・シナトラやトニー・ベネットなどのジャズ・ヴォーカリストにも魅了された。
13歳で楽曲制作を始め、デビュー・シングルに収録されている“Empty Motion”と“The Lion is Calling Me”は彼女が作詞/作曲を手掛けている。前者はピアノを交えたソリッドなロック・サウンドが鳴っており、後者は神秘的なダークネスを湛えたスロウ・ナンバー。両曲とも全編英詞で、どこかフィオナ・アップルや初期のアデルを彷彿させるヴォーカルが聴こえる。一方、“ひずみ”は日本語詞であり、プロデューサーである小林武史が作詞/作曲を担っている。日本語詞と英語詞でヴォーカルの表情が大きく変化しているのも興味深い。“ひずみ”は静謐な緊張感をキープしたままドラマティックに展開していくバラードで、もうこの世界に存在していない最愛の存在に向けられた手紙のような歌詞の内容も含めて、この歌を体得するのはかなり難易度が高かったのではないだろうか。
「ホントに難しい曲ですね。広い世界を思い浮かべながら歌わないといけない曲だなって。“ひずみ”はいまとは違うヴァージョンも含めて、2年くらい何度もレコーディングして、時間をかけてこの曲を理解していきました。私のなかでのポイントは歌詞の〈ありがとう〉という言葉で。日本人って、〈ありがとう〉と言うべきところを〈すみません〉って言う人が多いですよね。それをずっと不思議に思っていて。だから、この曲では〈ありがとう〉という言葉の本当の意味や大切さを意識しながら歌おうと心がけてます」。
最後に〈これから、どのような音楽人生を歩んでいきたいと思ってますか?〉と訊くと、HARUHIはこのように答えた。
「デビューはしたけれど、音楽についてもっとゆっくり勉強したいと思っています。活動の拠点も日本にこだわらず、いずれは出身国であるアメリカでも活動したいですね。どこにいても音楽は一生続けることだと思ってるし、これからも丁寧に音楽と付き合って成長していきたいです」。
HARUHI
99年、LA生まれのシンガー・ソングライター。12歳の頃に通っていた学校が主催するミュージカルの主役に抜擢されたことをきっかけに歌手を志す。13歳より楽曲制作を開始。その後はライヴやレコーディングでミュージシャンとのコラボレーションを行いながら、日本語詞と英語詞を操る自身の音楽スタイルを確立していく。2016年1月、川村元気のベストセラー小説を原作とする永井聡の監督作品「世界から猫が消えたなら」の主題歌でデビューすることを発表。〈SAKAE SPRING 2016〉への出演をはじめ、ライヴの機会も増加するなか、上述の楽曲を表題とするデビュー・シングル“ひずみ”(ソニー)をリリース。