角川映画祭
時代の息吹を感じさせる昭和の名作たち
1976年。セックス・ピストルズが衝撃的なデビュー・アルバム『勝手にしやがれ』を発表。ロック・シーンにパンク革命が起こり、ベテランのミュージシャン達は、楽器の弾き方も知らない素人の若者達に震え上がることになった。そして、同じ年。角川書店の若き社長、角川春樹は映画界に進出。初めて企画した映画『犬神家の一族』を東宝と提携して公開する。70年代、日本の大手映画会社はTV人気に押され、若い映画ファンを取り込むことができずにガラパゴス化するなかで、『犬神家の一族』は大ヒットを記録して話題を振りまいた。仕掛けた角川春樹は熱烈な映画ファンではあるけれど、映画界においては素人の男。いま振り返ると、角川映画は映画界においてセックス・ピストルズ並みのインパクトを与えたに違いない。そして、パンク同様、角川映画は社会現象になっていく。その先頭に立っていた角川春樹はセックス・ピストルズにおけるトリックスター、ジョニー・ロットンでもあり、仕掛人のマルコム・マクラレンでもあったのだ。
角川映画の大きな特徴はメディア・ミックスによるプロモーションだった。「読んでから見るか、見てから読むか」というキャッチコピーそのままに、角川書店から原作を出版し、それを映画化。さらに主題歌やサントラにも力を入れて、一本の新作が公開されるとなると街にはポスターが貼り出され、書店には原作本が平積みになり、TVやラジオからはCMや主題歌が流れる。それは祭りの季節がやって来るようなワクワクさせる楽しさがあった。同時代、洋画の世界でも独立系配給会社が独創的なプロモーションで『カサンドラクロス』や『サスペリア』など次々と日本独自のヒット作を生み出してメジャー配給の作品を圧倒していたが、角川映画のメディア戦略は質量ともに群を抜いていて、そこには大衆の心を掴むキャッチーさがあった。そして、市川崑、深作欣二などベテラン監督に加えて、相米慎二、村川透、崔洋一、井筒和幸など若い才能を積極的に投入。CMの世界で活躍していた大林宣彦やイラストレーターの和田誠にも活動の場を与えた。さらに薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子といった専属の女優を発掘するなど、様々な形で新しい血を注ぐことで、角川映画は低迷していた日本の映画界を活性化させた。
そして、『犬神家の一族』公開から40年目を迎える今年、角川映画黄金期の作品を振り返る『角川映画祭』が開催される。キラ星のごとく代表作が並んでいるが、まず語るべきは角川映画の出発点となった『犬神家の一族』だ。当時、〈過去の人〉だった横溝正史の小説に可能性を見出した角川映画は、市川崑を監督に迎えて映画化。市川はジャパニーズ・ゴシックともいえる耽美的な世界観を作り出した。映画がヒットすると原作はベストセラーを記録。金田一耕助は日本を代表する名探偵になり、本作以降、金田一シリーズは続々と作られていく。今回の映画祭では、石坂浩二(『犬神家の一族』)、西田敏行(『悪魔が来たりて笛を吹く』)、鹿賀丈史(『悪霊島』)、古谷一行(『金田一耕助の冒険』)と4人の金田一が勢揃いした。
横溝正史をブレイクさせた後、次に角川映画が押した作家が森村誠一だった。『人間の証明』(77)、『野性の証明』(78)と立て続けに映画化。どちらもミステリーを軸にした人間ドラマで、ベテランの佐藤純彌が監督を手掛けているが、それぞれに、その後の角川映画を支える役者が出演した。松田優作と薬師丸ひろ子だ。松田は『人間の証明』に出演後、日活で村川透監督と〈遊戯シリーズ〉を撮り、アクション映画の新しいスタイルを確立。そこで掴んだ手応えをもとに、角川映画で大藪春彦原作の『蘇える金狼』(79)と『野獣死すべし』(80)に出演。どちらも村川とのコンビネーションが光るハードボイルド映画の秀作だが、なかでも『野獣死すべし』で松田は脚本や演出にも積極的に関わり、伊達邦彦という異様なキャラクターを作り上げてアクション俳優から演技派俳優へと脱皮した。
一方、『野性の証明』の子役オーディションで選ばれた薬師丸ひろ子は、『ねらわれた学園』(81)に主演してブレイク。『セーラー服と機関銃』(81)では主演だけではなく主題歌も歌った。そして、『探偵物語』(83)では松田優作と共演。身長差を際立たせたキスシーンが印象的な本作で、少女から大人の女性に成長。『Wの悲劇』(84)ではブルーリボン賞の主演女優賞を受賞するなど、女優として高く評価された。そんな薬師丸に続いて人気を得たのが原田知世だ。大林宣彦監督作品『時をかける少女』(83)でいきなり主演デビューを飾った原田は主題歌も歌って、その年の新人賞を独占。以降、『愛情物語』(84)、『早春物語』(85)、『黒いドレスの女』(86)と立て続けに主演し、デビュー作のタイトルそのままに永遠の少女性を秘めた可憐さでファンを魅了した。また、『伊賀忍法帖』(82)で原田より一足先にデビューしていた渡辺典子は『晴れ、ときどき殺人』(84)で初主演。『いつか誰かが殺される』(84)、『結婚案内ミステリー』(85)などに主演し、薬師丸、原田、渡辺は「角川三姉妹」として80年代の角川映画の顔になる。彼女達はこれまで雲の上の存在だった女優とは違い、観客にとって身近なアイドルとしての魅力を放っていた。角川映画はそうした角川アイドルを育てる一方で、『幻魔大戦』(83)、『少年ケニヤ』(84)、『カムイの剣』(85)といったアニメも手掛けるなど、新たな若者文化=オタク・カルチャーに対しても敏感だった。
「大作だけではなくB級映画も作る」というのが角川映画の方針だったらしいが、角川映画の魅力はその多様さだ。『戦国自衛隊』(79)、『復活の日』(80)のようなSF大作もあれば、『蒲田行進曲』(82)、『麻雀放浪記』(84)など評論家から高い評価を受ける文芸作品もある。さらにミステリー、ハードボイルド、青春映画、アニメとバラエティ豊かだが、そこにはエンターテイメントとしての娯楽性が貫かれていて、大手映画会社が掴みきれなかった時代感覚があった。そして、そこで若者達の心を惹きつける大きな役割を果たしたのが音楽だ。ビートルズを愛する角川はロックやポップスにも理解があり(『戦国自衛隊』では音楽監督も務めた)、ジャニス・イアンやキース・エマーソンなど海外の大物ミュージシャンも起用。角川三姉妹の楽曲には、松任谷由実、南佳孝、来生たかおなど豪華な作家陣を迎えて、その多くが大ヒットを記録した。映画祭にあわせてリリースされる角川映画の音源を集めたコンピ『40周年記念コンピレーション ザ・角川映画スペシャル』を聴けば、角川映画の影響力が映画界にとどまらなかったことがわかるはず。海外では映像と音楽をミックスしたMTVブームが巻き起こるなか、角川映画はその流れとシンクロするような手法で日本映画に新しいスタイルを作り上げたが、そこには『汚れた英雄』(82)をはじめ自らメガホンをとるほど映画を愛していた角川春樹の映画に対する情熱と野心があった。パンクであり、ニューウェイヴであり、MTV的でもあった角川映画の作品には、今も時代の息吹が活き活きと刻み込まれている。
寄稿者プロフィール
村尾泰郎(Yasuo Murao)
ロック/映画ライター。雑誌への寄稿のほか、映画のパンフレットやサントラのライナーノートにも執筆する。1968年生まれの角川映画世代で、好きな角川映画ベスト3は『時をかける少女』『犬神家の一族』『蘇える金狼』。
角川映画祭
7/30(土)より角川シネマ新宿、8/13(土)よりシネマート心斎橋ほか全国順次上映!
http://cinemakadokawa.jp/kadokawaeigasai/
犬神家の一族(1976年)*
監督・脚本:市川崑 音楽:大野雄二 出演:石坂浩二
人間の証明(1977年)*
監督:佐藤純彌 音楽監督:大野雄二 出演:岡田茉莉子
野性の証明(1978年)*
監督:佐藤純彌 音楽監督・作曲:大野雄二 出演:高倉健
戦国自衛隊(1979年)*
監督:斎藤光正 音楽:羽田健太郎 出演:千葉真一
金田一耕助の冒険(1979年)
監督:大林宣彦 音楽:小林克己 出演:古谷一行
悪魔が来りて笛を吹く(1979年)
監督:斉藤光正 音楽:山本邦山 出演:西田敏行
蘇える金狼(1979年)*
監督:村川透 音楽:ケーシー・D・ランキン 出演:松田優作
刑事珍道中(1980年)
監督:斎藤光正 音楽:近田春夫 出演:中村雅俊
野獣死すべし(1980年)*
監督:村川透 音楽:たかしまあきひこ 出演:松田優作
復活の日(1980年)*
監督:深作欣二 音楽:羽田健太郎 出演:草刈正雄
悪霊島(1981年)
監督:篠田正浩 音楽監督:湯浅譲二 出演:加賀丈史
蔵の中(1981年)
監督:高林陽一 音楽:桃山晴衣 出演:山中康仁
ねらわれた学園(1981年)*
監督:大林宣彦 音楽監督:松任谷正隆 出演:薬師丸ひろ子
スローなブギにしてくれ(1981年)*
監督:藤田敏八 音楽監督:南佳孝 出演:浅野温子
魔界転生(1981年)
監督:深作欣二 音楽:山本邦山/菅野光亮 出演:千葉真一
セーラー服と機関銃(1981年)*
監督:相米慎二 音楽:星勝 出演:薬師丸ひろ子
汚れた英雄(1982年)*
監督:角川春樹 音楽監督:甲斐正人 出演:草刈正雄
蒲田行進曲(1982年)
監督:深作欣二 音楽:甲斐正人 出演:松坂慶子
化石の荒野(1982年)
監督:長谷部安春 音楽監督:萩田光雄 出演:渡瀬恒彦
伊賀忍法帖(1982年)
監獄:斎藤光正 音楽:横田年昭 出演:真田広之
時をかける少女(1983年)*
監督:大林宣彦 音楽監督:松任谷正隆 出演:原田知世
幻魔大戦(1983年)*
監督:りんたろう 音楽:青木望 声:古谷徹
探偵物語(1983年)*
監督:根岸吉太郎 音楽:加藤和彦 出演:薬師丸ひろ子
里見八犬伝(1983年)*
監督:深作欣二 音楽監督:NOBODY 佐久間正英 難波弘之 出演:薬師丸ひろ子
いつか誰かが殺される(1984年)
監督:崔洋一 音楽:梅林茂 出演:渡辺典子
晴れ、ときどき殺人(1984年)
監督:井筒和幸 音楽:宇崎竜童 出演:渡辺典子
Wの悲劇(1984年)*
監督:澤井信一郎 音楽:久石譲 出演:薬師丸ひろ子
愛情物語(1984年)
監督:角川春樹 音楽監督:甲斐正人 出演:原田知世
湯殿山麓呪い村(1984年)
監督:池田敏春 音楽:林光 出演:永島敏行
少年ケニヤ(1984年)
監督:大林宣彦 音楽監督:宇崎竜童 声:高柳良一
麻雀放浪記(1984年)*
監督:和田誠 主題歌:岡春夫 出演:真田広之
天国にいちばん近い島(1984年)
監督:大林宣彦 音楽監督:朝川朋之 出演:原田知世
メイン・テーマ(1984年)*
監督:森田芳光 音楽:塩村修 出演:薬師丸ひろ子
結婚案内ミステリー(1985年)
監督:松永好訓 音楽:甲斐正人 出演:渡辺典子
友よ、静かに瞑れ(1985年)
監督:崔洋一 音楽:梅林茂 出演:藤竜也
早春物語(1985年)
監督:澤井信一郎 音楽:久石譲 出演:原田知世
二代目はクリスチャン(1985年)
監督:井筒和幸 音楽:甲斐正人 出演:志穂美悦子
カムイの剣(1985年)*
監督:りんたろう 音楽監督:宇崎竜童/林英哲 声:真田広之
彼のオートバイ、彼女の島(1986年)
監督:大林宣彦 音楽監督:宮崎尚志 出演:原田貴和子
オイディプスの刃(1986年)
監督:成島東一郎 音楽監督:山本邦山 出演:古尾谷雅人
キャバレー(1986年)
監督:角川春樹 音楽監督:角川春樹 出演:野村宏伸
時空の旅人(1986年)
監督:真崎守 音楽監督:国吉良一 声:戸田恵子
火の鳥 鳳凰編(1986年)
監督:りんたろう 音楽監督:宮下富実夫 声:堀勝之祐
迷宮物語(1986年)
監督:りんたろう/川尻善昭/大友克洋 音楽:ミッキー吉野
黒いドレスの女(1987年)
監督:崔洋一 音楽:佐久間正英 出演:原田知世
恋人たちの時刻(1987年)
監督:澤井信一郎 音楽:久石譲 出演:野村宏伸
花のあすか組!(1988年)
監督:崔洋一 音楽:佐久間正英 出演:つみきみほ
ぼくらの七日間戦争(1988年)*
監督:菅原比呂志 音楽:小室哲哉 出演:宮沢りえ
*…初デジタル化
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http://cinemakadokawa.jp/index.html
EXHIBITION INFORMATION
「角川映画の40年」
○7/26(火)~10/30(日)
会場:東京国立近代美術館フィルムセンター
www.momat.go.jp/fc/