INTERVIEW

シャムキャッツみずから選ぶ運命の10曲! 〈ヒット曲だらけ〉なバンドが振り返る、青春と成熟を両手に歩み続けた冒険の足跡

シャムキャッツ『君の町にも雨はふるのかい?』

(左から)夏目知幸、菅原慎一

 

シャムキャッツが2016年の11月にリリースした最新EP『君の町にも雨はふるのかい?』は、持ち前の人懐っこいメロディー・センスを活かしつつ、サウンドの随所でこれまで以上に冒険心を発揮した、ヴァラエティー豊かなポップソングを揃えた作品だった。“渚”や“GIRL AT THE BUS STOP”“マイガール”……これまでもシャムキャッツは新モードを数々の名曲に落とし込んできたが、同作に収録された5曲は、現在のバンドが宿している多彩な可能性の証明となっている。そこで、今回は〈曲〉という観点から、彼らの足取りをプレイバック。シャムキャッツみずからに、バンドのマイルストーンとなった10曲を選んでもらい、それらが生まれた背景について、ライターの北沢夏音氏を訊き手にたっぷりと語ってもらった。 *Mikiki編集部

★シャムキャッツのEP『君の町にも雨はふるのかい?』を全曲紹介した記事はこちら


僕がシャムキャッツに首ったけになったのは、2015年のEP『TAKE CARE』からなので、胸を張って〈にわかだよ! それが何か?〉と言うしかない。スモールタウン・ボーイ・ミーツ・スモールタウン・ガール――2つの人生がすれ違う瞬間を切り取ったビタースウィートな名曲“GIRL AT THE BUS STOP”にハートを射抜かれたそのときから、サヌキナオヤの手に成る麗しの乙女ジャケ(ヴァイナルはピクチャー盤!)を愛でる傍ら、ポール・トーマス・アンダーソン監督の群像劇を思わせる、シャムキャッツが生まれ育った郊外の町を舞台にした2014年の傑作『AFTER HOURS』にもハマり(ポール・トーマス・アンダーソンがエイミー・マンの歌にインスパイアされて「マグノリア」(99年)を作ったように、『AFTER HOURS』もいつか世界のどこかで映画化される日が来るかもしれない)、2016年に自主レーベルTETRA RECORDSを敢然と立ち上げてからの快進撃を現在進行形で追いかけるスリルと悦びにワクワクさせられる今日この頃なのだ。

昨夏を彩ったキュート&ワイルドなシングル“マイガール”に続き、先頃リリースされたEP『君の町にも雨はふるのかい?』は、捨て曲一切なしの新曲5曲に加えて、バンドの現在の充実ぶりをダイレクトに伝えるライヴ音源12曲をボーナス・トラックとして収録した計17曲の豪華盤。シャムキャッツの入門編にも最適な本作のリリースを記念して、2007年のファースト・デモCD-R『はないき』に収められた“魔法の絨毯”から、新EPの表題曲にして、現在開催中のツアー・タイトルと同名の“洗濯物をとりこまなくちゃ”まで、バンドのターニング・ポイントとなった10曲を自選してもらい、〈ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ・シャムキャッツ〉とすべく、夏目知幸(ヴォーカル/ギター)、菅原慎一(ギター/ヴォーカル)と共に解題を試みた。

シャムキャッツ 君の町にも雨はふるのかい? TETRA(2016)

――僕にとって“GIRL AT THE BUS STOP”が出会いの1曲だったように、シャムキャッツはその時々で〈この1曲に一目惚れした〉というリスナーが多いんじゃないですか?

菅原慎一「確かにそうかもしれないですね」

――それは楽曲そのものが導いてくれたという意味で、すごく幸せな出会い方だなと。シャムキャッツを遡って聴いていくと、“渚”にはみんなヤラれたんだろうな……と、すぐにわかる名曲がたびたびある。最初期の自主制作CD-R(2007年の『はないき』、2008年の『もちろんちょうだい』)を聴くと、この時点ですでに現在に繋がるいろいろな要素が出揃っているんですよね。ここから発展していったことがよくわかった。

夏目知幸「ムフフフ(笑)」

――僕は『はないき』に収録された“シムシティ”が凄く好きなんですが、箱庭としての郊外都市の内部に降りていく感覚は、『AFTER HOURS』(2014年)に繋がりませんか?

夏目「だいぶ、そうですね」

――ここ数年、シティー・ポップというタームが巷を賑わわせていますが、東京郊外の造成住宅地出身のシャムキャッツは〈ニュータウン・ポップ〉、もしくは〈ベッドタウン・ポップ〉と呼ぶのが相応しい感じがします。

菅原「ホントにそうです。“シムシティ”は、夏目のなかの〈中心にいない者にもそれぞれの生がある〉という切なさみたいな感覚に、メンバー全員が共感できた曲ですね」

 

★“魔法の絨毯”(2007年の自主制作CDR『はないき』収録)

――“魔法の絨毯”は〈楽しいことを逃して〉という出だしから引き込まれるし、泣きのメロディーとエモいギターにグッときますね。

夏目「個人的に“魔法の絨毯”は初めて作ることができた曲らしいものかもしれない。 しかも、バンドでできるというイメージを持てた最初の曲ですね。歌詞もほとんど最初からバーッと出来たんですけど、よく覚えているのは(タイトルが決まる前の)コードネームがAだったこと。ここが始まりかな、という気がした。いま思えば、この曲も自分の町のことを歌っているんですよね。歌詞の中に防波堤とかが出てくるし。結局テトラか、みたいな(笑)」

――“GIRL AT THE BUS STOP”にも〈テトラポットが波を砕く〉という一節があるし、自主レーベル名もTETRAだし。

夏目「そうです。あと“魔法の絨毯”の〈涙は湿度を上げて〉という歌詞の元になったのは、小田島等の『無 FOR SALE』(晶文社/2004年)という単行本に収録されている〈moisture〉という作品なんです。それは水蒸気が主人公なんですけど、〈あのとき僕はコーヒーだった あのとき僕はあの子の涙だった あのとき僕は空から降り注ぐ雨だった〉と水が喋る。それを読んで、〈良いなあ、僕も水分に意思があるという詞を書きたいな〉と強く思ったことがきっかけだから、小田島さんからの影響も結構入っている」

――『はないき』に続くデモ『もちろんちょうだい』では、管楽器を入れつつ、エキゾなサウンドとポエトリー・リーディングをミックスした“町どこへいった”があるかと思えば、カントリー・ポップをサラッとやった“変な帽子”もあり、それこそビートルズの作品みたいなヴァラエティー感がある。そういう洒落っ気や多様性を最初から持っていたバンドなんだな、というのは通して聴いてみて感じました。

夏目「何か他人と違うことをしたいという気持ちが、最初は特に強かったよね」

菅原「音楽というものに対して、本当に何でもできると思っているんで、何でもやりたい!と思うんですよ」

――尖った空気も感じたんです。変なこと歌うな、何かひねくれているなって。『もちろんちょうだい』に入っている“アメリカ”は、詞では忌野清志郎みたいにダブル・ミーニングを込めつつ、音はノーウェイヴっぽく聴こえた。

夏目「海外のアーティストの詞と比べて、日本語では詞にできる言葉が少ないとされちゃっている感じがちょっとイヤなんです。清志郎は〈なんだって歌詞になるんだぜ〉と言ってるし、その影響は結構強い。(実は)RCサクセション、大好きなんですよ。誰にもいままで指摘されたことがなかったんですけど」

菅原「中高生のときは、それこそHi-STANDARDとかが好きだったけど……」

夏目「2007~2008年頃に思っていたのは、そういうのを全部混ぜちゃって、最終的に出来上がったものが世の中にあるすべての音楽へのカウンターであったら良いなと。そんなものはないんですけど(笑)、そういう無邪気でムチャクチャな意思が強かったんですよね」

 

★“忘れていたのさ”(2009年のファースト・アルバム『はしけ』収録)

――“忘れていたのさ”はファースト・アルバム『はしけ』の1曲目を飾っていますね。

菅原「これは音楽だけど詩みたいで、物語みたいで、文字みたいな感じ。僕と夏目とベースのバンビ(大塚智之)とスタジオの練習でガチャガチャやっていたときに出来た曲で、〈忘れていたのさ~〉と夏目が歌いながら、それに対して〈電車、お茶の水〉とか言葉を即興で乗せていった。そのときに録った原型がほぼ100%使われています」

夏目「これが出来たときは、初めて何のフォーマットにも乗っていないオリジナルなものが出来た!とちょっと思った」

――具体的な地名や固有名詞が折り込まれているのがミソかなと。

菅原「しかも、その即興で出てきた言葉がなんともシャムキャッツっぽくて。例えば表参道でも渋谷でもなく、総武線の沿線という(笑) 」

―― 〈~な気持ち〉という言い方、夏目くんは好きですよね。おもしろい比喩をいつも探している?

夏目「探していますね」

菅原「そのときは特にそうだった。なるべくストレートに言わないようにしていたし、そもそも気持ちというものはストレートには表現できない。しかも常に移り変わるものだし」

夏目「うん。でも比喩に関しては、いまは〈ような〉を使わず景色に委ねるという手法に変えていますね」

――動物を歌詞に折り込むのも好きでしょう。“へびな午後”“くらげとかもめ”とか。

夏目「あ、そうですね。動物や食べ物が多い(笑)。まあ、それは僕の癖として、味や匂いとか視覚以外の感覚が入ってくると自分のなかで言葉が動き出すので、ついつい入れちゃうんですよね」

 

★“渚”(2011年のシングル“渚”収録)

――“渚”は、かなり画期的な曲としてインディー・シーンでは評判になったんじゃないですか?

夏目「僕としては全然凄いものが出来たという意識はなくて、Aメロがあるし、サビがあるし、普通の曲が出来ちゃったなあという恥ずかしさを伴った感覚で、メンバーのところに持っていったんです」

――夏目くんが“渚”を持ってきたとき、菅原くんはどう思いました?

菅原「いや、これは完全にターニング・ポイントだなと思いましたね。他のメンバー2人ともそういう話をして、一所懸命にブラッシュアップして、ちゃんと完成させて推し曲にしよう、というところまで話し合いました」

――この曲は夏目くんの得意技だけで出来ている曲じゃないですか?

夏目「ん……?」

――〈ないこともない胸〉や〈砂の気持ちになったよ〉みたいな珠玉のフレーズを駆使しながら、水着の女の子が渚を駆けるシーンだけを連写しているような、ヤンジャンのグラビアみたいな曲でしょう?

夏目「あー。でも、まさにそういう感じ」

――それを見てクラクラしている男の子が女の子に贈る手放しの賛歌じゃないですか。

夏目「(テレながら)そうですね(笑)。ただ、“渚”を作ったときは追い込まれていました。やっぱり追い込まれないと良い曲って書けないんですかね? だとしたら苦しい仕事ですけど……。ファースト・アルバムの『はしけ』を作った後にノイローゼになってしまって、でもなんとか抜け出さないとと思ったときにポンと出来た曲です」

――突破口になった曲?

夏目「そうですね。突破口にもなったし、さらにバンドを悩ませる原因にもなったのかな? バンドというより僕を、かな?」

――それはどういう意味で?

夏目「4人のポテンシャルを存分に活かす曲ではないのかな、という。バンドの可能性を狭めちゃうというか、お客さんに対してバンドのイメージを固定しちゃうような気がして、ちょっと怖かったんですよね」

菅原「これは2コードだけの曲で、すごくシンプルだからこそ、しっかりアレンジを施さなきゃいけなくて、例えばドラムも初めてテックを入れて、音色を整えているんです。だからいま聴いても、曲単体としての仕上がりはニスまでちゃんと塗られていて完成度が高いなと思います。僕にとっては、初めて音響的なアプローチができたのがこの曲だったんですよ。最後にちょっと逆回転を入れてみたり、コーラスのアレンジを任せてもらったり、編曲で初めてバンドに貢献できたという自信になりました」

※ドラムのチューニングやメンテナンスをする技術者

夏目「CDのあとに7インチのヴァイナルを出したら、ロックDJの方々がかけてくれたし、結果として1回目の(認知度を)拡げる作品にはなったんですよね」

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ポール・マッカートニー